第41話 寝起きドッキリ大成功!!!!!

「モテるイケメンは辛いねェ」


 宙を浮かぶ化けクラゲを睨み付ける。

 能動的に攻撃してこないのは幸いだが、しかし二階層への出入り口に居座られてしまってはどうしようもない。


 一度攻撃でも仕掛けて移動でもさせてみるか?

 しかし仮に三階層のボス。一瞬でツムギたちが半壊した辺り、下手に突っつくのは危険が過ぎる。

 けれどもこのままでは埒が……


「待って……ツムギ君、よくあの体内見て」


 その時だった、俺の横で静かに観察を続けていたツムギが鋭い声を上げる。

 彼の言う通りに視線を向け目を凝らすと確かに何かが見える。

 なにせ薄暗いダンジョンの中だ。最初はまるで気付きはしないものの、あの透明な体内でいくつか透明な物体が浮かんでいた。


 なんだあれは。

 あの体内で浮かんでいるもの……おそらくアイツの本来の組織ではない。俺はあれをどこかで……


「そうか。ダンジョン内を練り歩いて何してんのかと思ったら、他のモンスター喰ってんのか」


 半ば消化されかけているものの、あのわさっと毛が生えたのは間違いなく蜘蛛の脚だ。


 モンスターが他のモンスターを捕食するのは珍しい事ではない。

 例えば鉄鋼虫。連中はスライムが死んだら爆速で集まって、ハッピーパウダーを貪り喰らっていた。

 モンスターというのは勝手に湧いてくるにも拘らず、不思議とそのダンジョン内で生態系じみたものを構築しているのだ。


「もしかしたら今なら横を通っても攻撃されないかも」

「一度のチャンスに全掛けは相当ギャンブラーだな」


 俺はおすすめしないが。


 ボスの姿を見て分かったことがある。

 あの千切れたプルプルから飛び出した何かの正体、それはおそらく刺胞と呼ばれるものだ。

 刺胞とは、クラゲなどを始めとした刺胞動物と呼ばれる連中が持っている組織で、まあ簡単に言うと触った瞬間毒のある棘が飛び出す仕組みである。


 そしてこの刺胞は刺激に反応するようにできている。

 人の鳥肌が寒ければ勝手に立つように、刺胞は本人の意思とは関係なく刺激によって勝手に動作するのだ。


 確かに今、あいつは攻撃の意志を持っていないかもしれない。

 しかし飛び込んだ瞬間触手から刺激に反応した刺胞が一斉に射出、全身串刺しからの猛毒コンボで、あの溶けかけた蜘蛛とお友達になれるはずだ。

 あいにくと今のところ俺は人間以外のお友達を募集していない。


 しかし困った、こうなっては選べる手段は少ない。


「……釣るしかねえな」


 俺の言葉に、横ではっと息をのんだのが分かった。


「釣りってまさか」

「俺が行く、地図寄越せ」


 釣り。

 つまりあのデカブツをぶん殴ってあの出入り口から引っぺがす。

 実に安直な作戦だが、現状思い浮かぶのはソレか、この場でアイツをぶっ倒すの二択以外ない。

 ちょっと後者は難しそうなので今回は釣りで行かせてもらう。


 実に嫌そうな態度で地図を取り出したツムギ。

 俺は少し強引に奪い取り、今来た道の記憶を探りながら地図を覗き込んだ。


 確か今来た道は二股の分岐が……ああ、やっぱりあった。


「よし。じゃあここから見て右側の道にお前は待機してろ。俺が通り抜けたら全力で二階まで走れ、俺はそのあとダンジョンぐるっと回って戻ってくるから」

「いやだ! 君が危なすぎるし、なによりボクだって流石にそこまで腐ってはいない!」

「ほかに案があるなら聞いてやってもいいけどな」


 俺の言葉に彼はぐぅ、と黙ってしまう。

 感情的に否定はしたいが、現状それ以外にできることもあまりない、といったところか。


 別に誰かに言われずとも、これがどれだけ危険なことかなんて重々承知している。

 なにせ協力ゲームですら御法度の行為だ。リアルでやるやつはイカレた奴か、よほど切羽詰まった奴だけだ。

 ちなみに今死ぬほど切羽詰まってるので俺はやります。


「まあ俺を信じろって、ダチだろ?」

「友人だというならなおさら嫌だ! それをするくらいなら他の人を待とう!」


 他の人を待つ、ね。


 ツムギの言葉にリュックの奥からスマホを取り出し、電子の時計を覗き込む。


「一時間と三十分だ」


 俺はスマホの角を指先でつまみ、彼にもよく見えるように液晶を見せつけた。


「俺がお前を探し始めてから見つけて、ここまで来るのに掛かった時間だ。だがどうだ」


 俺とツムギ、二人の呼吸だけが鼓膜を打つ。

 静まり返ったダンジョンは何の音も伝えない。隙があれば襲ってくるであろうクモやゴブリンですら、あの巨大なクラゲのせいで近くにはいないのだろう。


 静寂。

 耳が痛くなるほどの沈黙がここにはあった。


「誰の声も聞こえない、何の痕跡もない」


 視線を向ければ、クモの奥に見える二階への階段。

 しかしそこには何の姿もない。

 剣の鋭い輝きも、人のうごめきも。


 一時間半だ。

 あの三人の速度でも二階層から一階層まで直進、さらに戻ってくる程度なら余裕で出来る。

 ましてや救出部隊が存在するのなら、参加者は全員怪我のない探訪者だろう。


 誰一人として、この三階層には上ってきていない。

 仮に救助部隊が来ているのなら、自力で脱出する可能性を考慮して、この階段付近には誰か配置しているはず。

 あいにくと影も形も、音すら存在しないが。


「おそらくダンジョン外の連中はお前のパーティメンバーにこう言ったんだろう」


 ツムギの顔は暗い。

 ようやく見えた希望、それが目の前で完全に潰えたとなっては仕方があるまい。


「諦めろ、ってな」


 命を懸けた戦いに身を投じているのが探訪者だ。

 それ故に危険にはシビアに対応する。ましてやダンジョンのボスがなぜか徘徊しているとなれば、飛び込もうというやつが稀有だ。


 救助隊を待つのは意味がない。

 しかしいつ動くかもわからない奴の前で待ち続けるのも厳しい。俺はともかく、ツムギの傷は相当なものだ。

 疲労から気を失う可能性だって大いにあるし、さすがに気を失ったツムギを俺が守り続けるのも無理がある。


 今しかないのだ。

 今、彼が動ける現状で動く、これが一番生き残る確率が高い。


「頼む、俺を信じてくれ」


 彼の細い肩をつかんでその目を見る。

 ツムギは額にしわを寄せ、数舜悩んでいたが……こちらの目をじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「約束してくれシキミ君。ぜった」

「分かった、絶対守る」

「い生きて帰……はやいよ!」


 だってお前が言うようなこと大体分かるし。



「ふぅ……」


 流石に緊張する。


 近づくほどに感じる、こいつはデカすぎる。

 俯瞰的な視線から見る無数の巨大な触手、ソレが空中を自由に広がる姿は神秘的であり、同時に触れた瞬間を考えるだけで心臓が冷える思いだ。


 俺は後ろへ視線を向け、静かに左手を上げた。

 曲がり角に覗くツムギがこくりと頷く。


 三、


 二、





「オラァッ!!!! おはようの時間じゃボケェ!」


 ギリギリまで近づいた、俺はその胴体へと刀を突き刺したッ!


「ッ!!!! おひょおおおおおっ!?」


 瞬間、俺の全身へと襲い掛かるリボン状の触手たち。

 たった一辺ですら俺の頬に傷をつけた奴が、合計数十、いや、数百と、それも比べ物にならないほどの長さで一斉に飛びかかってくる恐怖!


 刀を片手に即座に反転! 全身全霊で俺は回廊のど真ん中を疾走開始!

 触手では間に合わないと気づいたのだろう、クラゲも移動を始めた。


 は、はやっ!?


 こいつはヤバイッ!

 クラゲだからふわふわ動くのとばかり思っていたのに、まるでタコやイカが水を吐いた時の様に素早いっ!


「行くぞツムギィッ!!! 絶対に逃げろよオイィィィッッ!!!!」


 やべえええええッ!

 ちょっとカッコつけたけど追いつかれて死ぬかもしれねえわ!!

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