第39話 迫り来る影
「じゃあそろそろ帰ろうぜ。ここまで来たからお腹がベリーぺこちゃんでよ」
「シキミ……くん……」
「さすがに今日はお前の奢りな?」
座り込んだツムギへ襲い掛かるモンスターどもを切り裂き、俺は安堵からため息を吐いた。
あ……危ねぇ~~~~ッ!!!
膝抱え込んで動かねえから完全に死んでるかと思ったわッ! 紛らわしいことしてんじゃねえよ!
しかもなんか顔上げた後すぐ戻すし! さっさと逃げろバカ野郎!
あれこれと言ってやりたいことが脳内を駆け抜けていくが、ちょいと今は時間が足りない。
ゴブリンに蜘蛛、二階層で見慣れた連中がわらわらと雁首揃えてやがる。
一、二……めんどくせえ、いっぱいだ。
どうせ全部倒さなきゃいけないんだから変わりはしない。
「危ねえから座って見てろ」
大量の敵に囲まれることは心臓に悪いが、生きてるかもわからない奴を探すより何倍も気が楽だ。
握り続けた結果すっかり体温の移った柄をしっかりと掴みなおし、静かに一呼吸。
ここまで来るに相当数のモンスターを撫で斬りしてきた、剣先の水流は随分と減っている。
この数を捌くまでに持つか?
いや、毒瓶を取り出して……なんてちんたらした補充は間に合わないか。
なら――
「――ハッ!」
このまま薙ぎ払うッ!
踏み込みと同時に蜘蛛の二匹を切り捨てた。
返す刃の切り伏せ、しかし間に合わない。モンスターたちの姿は変わらないが、三階層より明らかに動きが機敏だ。
反転、即座の後退。
多対一、踏み込み過ぎれば容易く飲み込まれる。
「シキミ君っ!」
横から飛んだ警告と同時、構えた刀に映り込む影。
背後から飛び込んできたゴブリンを回し蹴りでぶっ飛ばす。
壁へとぶち当たるそいつを追撃の一撃、地ごと縫い付けるかのような兜割りがその脳天を切り裂いた。
あぶねえ!
最悪今の喰らってたわ!
「ツムギナイス!」
「う、うん」
複数戦が明らかにやりやすい、戦力的には何も変わっていないにもかかわらず。
ただ自分の死角へ目を向ける人間がただ一人いるだけで。
ちょいとこの数はヤバイと思っていたが……
「この調子で頼むぜマジで!」
行けるな。
緊張から乾いた唇を軽く舐め、俺は立ちふさがる敵へと刀を振るった。
.
.
.
「調子はどうだ?」
ゆっくり周囲を見回し動く影がないかの確認、刀を鞘へ納め後ろへ振り向く。
かなりの窮地だったはずなのだが、少し離れた場所でこちらをじっと見つめ、いざという時に声をかけるツムギのおかげで大きな傷は一切負わずに済んだ。
流石に途中、軽い切り傷は負ったが既に血は止まっている。
「う、ん、大丈……ぶ……」
無理に笑顔を浮かべ壁伝いに立ち上がろうとする彼。
しかしその顔には冷や汗が浮かんでおり、直ぐに腰から力が抜けずり落ちてしまう。
「じゃねえな」
その腕をつかみ上げこちらの肩を貸してやると、座り込んだツムギは荒々しい呼吸で小さく感謝の言葉を吐き出した。
疲労か? いや。
「見せろ」
「や、ちょっ」
ふとした予感から彼の血に染まった服へ手を伸ばすと、弱弱しい手つきで押し返されてしまう。
しかし一層強く押し込んでやれば抵抗などできない。べろっと服の背中をめくり上げると、深い裂傷と共に酷くはれ上がって傷口が飛び込んできた。
「……ちょっと待ってろ」
予想通りだ。
この傷の状態、腫れ、おそらく俺があの時触れた謎のドゥルっとした物質からだろう。
かすっただけでその傷口はあっという間に腫れ、鈍い痛みが止まらなかった。
これほどまでがっつり行ってしまったのなら、その痛みは相当なもののはず。おそらく泣きわめかないだけ偉いレベルだ。
ケースから一錠取り出した毒消しを指先で潰し、傷口へと振りかける。
服用でも毒消しは効くが少し全身に回るまで時間がかかる。こういった外傷には直接塗ってやった方がいい、これで直ぐに効いてくるだろう。
「他には?」
「……え!?」
疲労や安堵からか意識が遠のいていたのか、一拍置いてから振り向くツムギ。
話はどうやら聞いていなかったらしい。
「ほかに傷はねえのかって言ってんだよ。こんな感じで毒受けてる場所な」
「あっ……い、いや!」
胸や足を抑えながら少し後ずさりする彼。
黙っていたようだがその態度を見ればわかる、まだ何か所か傷があるようだ。
傷自体を治す方法は生憎持ち合わせていないものの、傷口からくる毒の痛みがなくなるだけで相当楽になるはず。
それに毒の痛みから逃げてる最中に動きが鈍ってでもしてみろ、その一瞬のスキが命に係わる。
「塗ってやるからさっさと脱げ」
「……!? い、いい! 他の場所は自分でぬれるから!」
「なに遠慮してんだよこんな時に、いいから……あっ」
俺の手からケースを奪い去り、薬を一錠口へ放り込むツムギ。
「
べえ、と舌に乗っかった毒消しをこちらへ見せつけてきた。
「まあいいけど、ほら水」
「……う、うん」
経口摂取は回りは遅いがまあいい、それでも数分すれば痛みは和らぐだろう。
しかし薬だけでは飲み込みにくいだろう。
水筒を差し出してやると彼はなぜかそれをじっと見つめ、何度も瞬きをして戸惑っている。
何やってんだよこんな時に……
はよ飲めやという俺の思念が伝わったのか、ちらりとこちらへ視線を向け、ぎこちない動きで一口だけ水を飲んだツムギはすぐにこちらへと水筒を手渡した。
全身に薬が回り痛みが引くまでの休憩。
そのさなか、周囲の警戒をしている俺の後ろで、ふと彼が口を開いた。
「シキミ君、一つだけ聞いても?」
「どうしたんだよ今更」
左右へ視線を走らせるも周囲の路地にモンスターの気配はない、多少話すくらいなら問題なさそうだ。
「その、どうしてここに? 君はまだ二階層で戦ってたはずじゃ……」
「あー、それか」
思えばまだそこら辺の話をしていなかった。
二階層で戦っていたらツムギのパーティメンバーが逃げてきたこと、話を聞いて俺がここまで来たことを伝えてやると、彼は薄く笑った。
「そっか、皆は無事だったんだね」
「そのうちお前の救助に誰か呼んでくるだろ、多分な。どうする? 待つか?」
あの三人がしっかりと動いているのなら、メンバーを募り救助隊が突入しているだろう。
まあ絶対助からない、と誰一人動いていない可能性も大いにあり得るのだが。
探訪者の大半はかなりシビアだ。
なにせ自分の命がかかっている。パーティメンバーすらかなり吟味するというのに、どこの馬の骨とも分からん奴を助けに行くなんてそうそういないだろう。
状況が状況だ。怪我の酷さからしてあまり彼に無理は言いたくないが、あまりお勧めできる選択肢とは言えまい。
俺の言葉にツムギは首を振り、すくりと立ち上がった。
目は先ほどまでより随分と脅えが薄れている、どうやら答えは俺と同じらしい。
「いや、ここは危険だ。今すぐにせめて二階まで行こう」
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