第37話 主人公に助けられるのはお姫様の特権

「ちょっと待て。アンタ、ツムギとパーティ組んでた奴じゃねえか?」


 その顔に俺は見覚えがあった。

 確か初めてツムギと出会ったとき、あいつの後ろで俺に弓をチラつかせていた奴だ。

 それ以降もアイツとダンジョン前で出会う度、後ろでこちらを睨んでいたので顔だけは覚えている。


 だがそんな彼女が妙に傷だらけで、なにか陰鬱な面持ちでまともに声すら聴いていない状態となれば、さすがの俺でも妙だと気づいた。


「どうしたんだよ一体。ツムギ以外にも確か他に二人いたよな、あいつらはどうした?」

「ミオッ! こんな時になに喋ってるのっ!」


 その時、彼女の後ろから更に二人がやってきた。

 目の前の弓使いのことだろう、名を呼んでいることからもわかるがやはりその二人もツムギのパーティメンバーだ。

 彼女らも何かで貫かれたようなひどい傷を何か所にも負っている、それに何かひらひらした物質もくっついているし、何かのモンスターに相当手ひどくやられたらしい。


 だがその後ろに、本来居るべき影はいない。


「おいアンタら、ツムギはどうした。それに酷い怪我じゃねえか、入り口まで肩貸してやろうか?」

「アンタは……なんだっていいじゃない、今急いでるのっ!」


 果たしてそれは普段から気に食わない相手に対する当てつけか、俺の言葉は荒々しい態度と胸元へのドツキで返される。


 ちっ、なんだよ。


 一応怪我の様子もひどいし気を使ってやったのだが、妙に剣呑とした態度に軽い苛立ちを覚える。

 しかし三人は俺のことなどお構いなしといった様子で、足や手を抑えながら入口へと向かっていく。


「ツムギは先に行ったのか……?」


 彼があとから彼女たちを追ってくる様子はない。

 しかし彼はどうにも押しに弱いというか、殴ってもいいかと言われたら良いよ、と言ってしまうような人間だ。

 果たして彼女たち、わざわざ一人で潜ろうとしていた奴を心配して組んだパーティメンバーを見捨て、一人でダンジョンから逃げ出すだろうか。


 嫌な予感が胸元に満ちる。

 こういった感覚ってのは困ったもので、いやだと思うほどに大体当たっている。



「――おい待てよ。まさかアンタら、ツムギはまだ三階層にいるんじゃねえだろうな」



 彼女らの脚が止まった。


「わたっ、私が悪いんです。私が気付かなくて……っ、庇われてっ」


 最初の弓使いが自分の頭を抱え、その場にしゃがみ込んで小さく叫ぶ。


「……それで置いてきたのか」

「ミオは悪くない! 運が悪かっただけよ! だから救助を求めに行くのっ!」


 弓使いを擁護するように、あとから来た一人が叫ぶ。

 つまり戦闘中気を抜いた瞬間を突かれ、半壊したパーティを逃すために殿を取ったのがツムギ、という訳だ。

 メンバーを逃したツムギは未だ三階層に取り残され、この様子じゃまともに動くことも出来ないのだろう。


 もしこの三人が上に行って誰かを連れてくる、彼女たちが言う通りになったとして。

 ツムギが生きている可能性はゼロだ。ダンジョンは少しでも気を抜けば死ぬ、そんなのソロで戦ってきた俺が一番良く分かっている。


「バカがよ」


 イケメンがよ、今時誰かを庇って死亡なんて流行んねえぞ。


 その場にしゃがみ、靴ひもを強く結びなおす。

 今ツムギが生き残る可能性の最も高い行為など一つだ、躊躇っている暇などない。


「アンタらは他の探訪者を呼んで来い、三階層に対応できる奴らをだ」


 後ろで誰かが叫んだ気がしたが振り向きはしなかった。

.

.

.



 右、敵影無し。

 左、こちらも敵影無し。

 いや……!?


 三階層を上がってすぐ、俺は異常に気付いた。


 ダンジョンの様子は二階層とさして変わらない。

 石造りの回廊は薄暗く、探訪者が設置したであろう照明によって薄暗く照らされている。


「っ、なんだこりゃ? 煙……!?」


 ただ一つ異常があるとすれば、なにか奇妙な煙のようなものがあちこちに浮かんでいるということくらいだ。

 例えるのなら蚊取り線香、あるいは薄いリボン。

 長さもまばらなそれらはあちら、こちらをふわふわと浮遊している。


 なんだこりゃ?

 二階じゃこんなのは見たことがない。蜘蛛の糸、とかか?


 警戒をしながら刀の鞘で目の前のそれを小突いてやったその時。


「いっ!?」


 突如それから何かが突き出し、俺の頬に一筋の傷が刻み込まれた!


 一拍おいて傷口から伝わってくるのはジンジンとした鈍い痛み。

 しかしその鈍い痛みは瞬く間に鋭いものへと変わり、痛みの度合いもあっという間に跳ね上がっていく。

 これはムカデなど有毒の生き物に噛まれたとき、毒が撃ち込まれた時の感覚とよく似ていた。


 更に警戒しつつ、再び鞘で同じ場所に触れてみるも今度は反応なし。

 この何かが飛び出してくるのは一度きりらしい。


「何かわかんねえけど……触るとヤバいなこりゃ」


 指先で毒消しの錠剤を粉にし、傷口へ塗り込んだ瞬間に強烈な痛みが消える。

 やはり予想通り何かの毒だったらしい。幸い俺は趣味の都合上割と毒消しを大量に持ち歩いている、しばらくは間違えて触れても何とかなるだろう。


 この妙な空中を浮かぶリボン状の物体についてだが。

 空中に限らず壁、床、あちこちへへばりついているのもどうやら同じ物質に見える。

 それにこれ……俺の見間違いじゃなければ、さっきの三人も似たものを体につけていた。


 まさかこいつか、ツムギたちを襲ったモンスターの一部は。


「……『水よ』」


 水流を纏った刀へ、ガラス瓶の中に貯め込んでいた蜘蛛の毒を惜しげもなく流し込んでいく。


 薄暗く先に伸びた通路。

 それは奥に行くほどにこの奇妙な物質がより多く張り付き、この先の危険性をいやでも伝えてくる。


 ゴブリンと蜘蛛しかいないと思っていたこのサカウラ地下迷宮、しかしこの三階層にはとんでもない化け物が潜んでいたらしい。

 そいつは俺より先に進み、みなおそらく俺と同等かそれ以上のレベルを誇る探訪者のパーティを、容易く壊滅に追い込んだ敵だ。

 出し惜しみはなし。今できる全ての手を、使える限りに出し切らねば死にかねない。


 そして今から目の前に立ちはだかる敵は全員切り捨てる。

 


「――ツムギ! 聞こえるかっ!」



 刀を構え、俺は静寂に満ちた薄暗闇へと走り出した。

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