第36話 シキミーの唄

 薄暗いの迷宮の中、一筋の刃が閃く。

 周囲の蜘蛛をすべて仕留めたのちの一対一、俺の目の前にはゴブリンが静かに己の鋭い爪を見せつけ、こちらの隙をつかんと浅い呼吸を繰り返している。


 スキルを習得した初めの一回、俺はゴブリンを真っ二つに叩き切った。

 しかしあれは奇跡の一回。集中力が限界まで高まった上、さらに上手く骨の隙間を縫ったことによって本当に偶然決められた一撃であった。

 それからしばらくというもの、俺はゴブリンを切りつけても硬い表皮、あるいは骨に刃が止まり、一撃で仕留めた経験はない。


「――ハッ!」


 踏み込んだのは俺だ!


 鋭い風切り音と共に空を切る刀。

 返す刀で更に大きく踏み込み、掬い上げる一振り。

 反撃でも仕掛けるつもりだったのだろう、俺の一撃が振るわれると同時に、こちらへ飛び掛かってきたゴブリンの胸元を大きく切り裂いた。


 偶然の一太刀? いいや違う。

 俺が成長しているのだ。


 踏み込み、呼吸、力のかけるべき場所、そしてレベルアップによって上昇した身体能力。

 すべてががっちりと噛み合い、今、俺は迷いのない一撃を放っている。


「来いよ」


 大きく距離を取ったゴブリンは動かない、一撃を受け警戒をしているのだろう。

 しかし互いの視線が交わり……奴は駆け出した!


 それでいい!


 同時に俺も地を蹴り飛ばす。

 二歩、三歩……そして俺は横へと跳ね飛んだ!


 まさかそんなことをするとは思わなかったのだろう、俺の横を駆け抜けていくゴブリン。

 視線だけがこちらを追っている。


 そのまま俺は壁を三段跳びの要領で蹴り抜き、空中へと身を舞わせ――


「――『一閃』」


 天から地へ縫い付ける一撃によってゴブリンを切り裂いた。


 静かな着地。

 微かな金属音を立て刃が鞘へと収まる。

 高まった鼓動、呼吸は深い繰り返しの果てに収まり、俺はゆっくり、長く息を吐き出した。


「ふぅぅ……よし」


 周囲に散らばった三つのゴブリンの魔石、そして八匹の蜘蛛から魔石、皿に牙の根元から毒袋を回収しガラス瓶へと詰め込んだ俺は確信した。


 期は熟した、と。

 ヒマリから肉を送られて一週間、俺は日々の稼ぎの中、今までとは異なる戦術を意識して取ってきた。

 ソレが今やっていた、刀とスキルだけで相手取る戦法である。


 地力とモンスターから採取した毒、そしてヒマリから貰った指輪。

 三つを活用することでより広く、強大な敵にも立ち向かっていけるだろう。

 そのために今、ここで自分が持つこの刀と唯一のスキル、『一閃』の精度を上げることが最大の論点だった。


「よし、決めた」


 そして今、それは成った。

 まともに相手を斬ることすらできなかった刀。

 しかし意識してゴブリンを相手取り続けた結果、もちろん完全とは全く言い切れないものの、明確に俺の技術は上がり強力な一太刀を放てるようになった。


 もはや二階層で苦しむことはない。

 そして昨日確認したが俺のレベルも20へと上昇していた。

 ここ、サカウラ地下迷宮の推奨レベルは10から25、俺は推奨レベルの上限へとあと一歩の地点にまで踏み込んでいる。


 後ろを振り返れば、地下へと続く暗闇へ伸びる階段がかすかに見える。


「そろそろ行くか」


 サカウラ地下迷宮最終層、三階層へ。




「もしも」

『おかけになった電話は、現在電波が届かないところに――』


 今度ならいけると口を開くも、スマホから帰ってくるのは無機質な電子音声。


「やっぱだめか」


 三度目の失敗。

 二十分ほど時間をおいてのトライだったが、今回もダメとなればさすがに今日は繋がらなそうだ。


「三階層の話聞きたかったんだけどなぁ」


 青空を見上げため息を吐く。


 三階に潜ると決めたは良いものの、ほんなら速攻で潜るかと言われればもちろん違う。

 一番大事なのは情報収集だ。そして前回適当こかれたせいで死に掛けたとはいえ、今の俺の中で一番使用できるのはやはりツムギだろう。


 彼は今三階層に潜っているらしい、というか昨日そう聞いた。

 もちろんすべて鵜呑みは良くないと前回学んだものの、ちゃんと潜っている先輩からの話はやはり貴重だ。

 できる限り彼から話を聞き、そして探協でも資料を漁った上で潜ろうと考えていたのだが……肝心の本人に電話がつながらないのならどうしようもない。


「んーと、三時か」


 スマホに浮かぶデジタル表記。

 ツムギはいつもこの時間帯になったらダンジョンから上がっているはず。

 しかし先ほどの様子からしてまだダンジョンに潜っているようだ、ダンジョン内では電波が通っていないので間違いない。


「まあ頑張ってんのかなぁ」


 鞘付きの刀で肩を叩きながらあくびをする。


 今日はこの後ツムギからいつもの喫茶店で適当に話を聞くつもりだったが、ダチがダンジョンで戦っていると思うと、なんとなく対抗心が湧いてしまうのも仕方がないだろう。

 さっさと家に帰って夕飯を凝るってのもいいが、もう一、二時間ばかし潜って更にスキルを磨くのも悪くない。


 俺は一度抜けてきたダンジョンの門へと手をかけ、もう一度大きなあくびをした。



「――『一閃』」


 とびかかってきたゴブリンを横一文字に切り裂く。

 これでスキルの発動は連続して三度目。

 高ぶる鼓動。息が切れ、胸へ鋭い痛みが突き抜ける。


 き、きっちぃ……!


 酸素不足からだろうか、鈍い頭痛までしてきた、

 それでも俺は柄をもう一度固く握り直し、水球に映った背後から襲い掛かるゴブリンを避け――


「くっ……! もう一発『一閃』ッ!」


 その背中を縦へと切り抜いた。


 これで四度目・・・


「ハァ……! ハァ……っ! あ゛~っ! もうむりっ!」


 周囲にモンスターが居ないことを確認した瞬間、思いきり地面へびたーんと寝っ転がる。

 スキルの連続は何というか、死ぬほど疲れるのだ。

 息は上がって呼吸がつらくなるし、胸は痛くなるし、手もなんか重ったるくてともかく苦しい。


 具体的に言うと今の俺なら『一閃』一回で、二百メートルを全力疾走したくらい疲れる。


「四回、か。もう少し連発出来たらなぁ」


 刀を握りしめ呟く。


 スキルは使えば使うほど疲労感が緩和される。

 事実俺は最初三度が限界だった『一閃』を、今では四度までなら何とか連続で発動できるようになっていた。


 ……でも、足んねえ。


 こんなんじゃ全く足りない。

 時にダンジョンでは数十匹のモンスターに囲まれることだってあるらしい。

 そんな囲まれたとき、たった四回で音を上げていたら何もできやしない。


「ったく、次から次に課題が出てきて困っちまうな」


 頬を垂れる汗を拭いつつ、自分自身の強欲さに思わず笑ってしまう。


 綺麗な一振りが出来るようになったと思ったら、次はもっと連続してスキルを放てるようになりたくなってきてしまった。

 まったく人の欲望とは際限がない。

 この調子だと死ぬ間際でも、あと五年あったら本当の一撃が放てるようになれた、なんて言ってそうで困る。


「ふぃー、よっこいしょっと」


 考え事をしていたらすっかり呼吸も落ち着いてきたので、ゆっくりと立ち上がって尻についた砂を払いのける。

 背負ったリュックはかなり重い。魔石もそうだし、蜘蛛の脚も何本か収穫して、蜘蛛の毒もある程度回収してあるからだ。


 んー……そろそろ外に出るか?

 いやでも、なんだかちょっとやる気がわいてきたしもうちょい鍛錬しても……


 水筒の冷たい水を飲みつつ、フラフラと歩いていたその時だった。


「うおっとっとっちょっぽ!?!?」


 T字の路地へと掛かった瞬間、俺の横からすさまじい勢いで何かが衝突してきた!


 思わず奇声を浮かべつつその場で奇妙な踊りをキメる俺。

 どうにかバランスを取り直し、一体何が起こったのかと辺りを見回すと、足元に一人の女性がへたり込んでいたのに気づいた。


 この人がぶつかってきたんか。

 なんかどっかで見たことあるような顔だな。


「わり、大丈夫か?」

「や、やめてっ!」


 パシッ!


 俺の中のイギリス的精神がお前はジェントルマンになれと叫んだので、そっと手を差し伸べるも無慈悲に払いのけられる。

 刹那に俺の胸を駆け抜ける切ない気持ち、俺はジェントルマンになれなかった。

 心を何にたとえよう、人影絶えたこの道を一人道行くこの心って感じだった。


 思わず泣いてしまった。

 きっと薄桃色の花びらを愛でてくれる手もなかったんだよね。


 が、どうにも彼女の様子がおかしい。

 何かひどく顔色が悪いし、何より全身に鋭い傷跡がいくつもあり、俺の声もまともに聞いていないようだった。


「逃げないと……逃げないと……」

「おい本当に大丈夫かよ?」


 もつれた足で何度も転び、ただひたすらにそれだけを唱え続ける彼女。

 何かというか明らかにヤバイ、ヤバいからヤバイわよ。


 いったん彼女を落ち着かせようと後ろから手を伸ばす俺だったが、こちらを怯えた表情で振り向く彼女の顔をまじまじと見つめ、違和感の正体に気付いた。


「ちょっと待て。アンタ、ツムギとパーティ組んでた奴じゃねえか?」

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