第33話 激辛系を食べた時冷蔵庫に牛乳がないと泣く

「まあともかくスズランさんに怪我がなくて良かったです。これは探訪者からすれば普通だとしても、慣れていない方には確かに少し刺激的な光景かもしれませんね」


 いまだにビクビクとうごめく蜘蛛の脚を突っつきながら、横に立つスズの頭を撫でるヒマリ。


「ごめんなさいヒマリさん……」


 しゅんとした態度で静かに撫でられるスズ、その姿はまるで本当の姉妹のようだ。


 おかしい。

 最近俺の株が激落ちしている気がする。

 本当のお兄ちゃんはここにいるのに、一体この薄寂しさはどこから生まれているのだろう。


「お兄ちゃんも怪我してないかなって心配したんだよ? ねえスズ、お兄ちゃんには?」

「黙って」

「はい……ごめんなさい……」


 俺は静かに蜘蛛の脚を袋へと詰め込み、静かにそのうごめく脚たちと触れ合った。

 これ以上二人が仲良さそうなのを見ていると、脳みそが破壊されそうだったから。


「それでは今日の食材とはそちらの脚、というわけですね」

「えぇ……本当にソレ食べるの?」


 二人の視線……特にスズの猛烈に嫌そうな……が突き刺さる。


 スズは今まで鉄鋼虫ダンゴムシの肉だの口にしているというのに、何をいまさら嫌がっているのだろう。

 そう考え、はたと俺は気付いた。


 鉄鋼虫は人間ほどのサイズがある、当然すべてを持ち帰ることはできない。

 なので俺は普段食えそうな部位を捌き、肉塊としての姿しか彼女は見ていなかった。

 鉄鋼虫の肉自体は確かにほんのり白い、いわば巨大なエビ、カニの肉と言った見た目。


 つまりスズは今まで、モンスターの全貌を見たことがほとんどないのだ。

 狂い鳥は何度か持って帰ってきたことがあるが、まあアイツはニワトリみたいな見た目をしているし、じいちゃんの狩りを何度か体験しているスズは、鳥を捌くのを見るくらいの耐性はある。


「クモもカニも節足動物だろ」

「人とホヤが同じって言ってるくらいざっくりしてるんだけど!」

「大事なことは味とスリルでは?」


 耳をピン、と張り、したり顔で意味の分からないことを言い出す狐が一匹。


「味については同意だが、食事にスリルを求める人間はお前以外にいねえよ」


 鍋の蓋をちょいと持ち上げ確認。もうもうと上がる蒸気がつん、と鼻をついた。

 しっかりと張られた湯は次から次に気泡を上げ、さあ湯だてる素材はどこだと準備は万端のようだ。

 ちょいとコンロのつまみを回して火力を落とし、俺は蜘蛛の脚を一本もぎり取って軽く流水で流すと、使い古したまな板の上へと添えた。


 軽い冗談でカニだといったが、こうやって乗っけてみれば本当にそっくりだ。

 太さからしてズワイ、いや、タラバと言っても遜色ないほど。

 試しにちょいと包丁を突き立ててみたがさすがに難しい、キッチンバサミで両脇をジョキジョキと切り裂けば、ぷりっとした白い身がこんにちわときた。


「ほら、うまそうだろ?」


 スズへ視線を投げてやると素直に頷くのは嫌だが、しかし否定もできないといった表情。


 実際のところ蜘蛛は割と世界各地で食われている食材だ、それも高級食材として扱われることも多いほどの。

 人間なんてどんな環境に住んでいようと基本の味覚はそう変わらない、味は保証されている。

 まあその理論がモンスターに通用するかは知らんが。


「さて、じゃあとりあえず毒の様子見と行くか」


 毒の様子見はいつもやっている奴だ。

 まずは肌に触れさせてパッチテスト、次に口内で少量転がし、最後に飲み込んで数時間様子を見る。

 基本的な所作ゆえにスズも理解していて、たとえどれだけ旨そうな肉でも彼女は勝手に口にしたりしない。


 が、今日はそれを知らん狐が一匹いた。

 今も興味津々に覗き込んでいるヒマリである、好奇心からぶんぶんと振られた尻尾が俺の脚に当たって微妙に痛い。


「いいかよく聞けヒマリ。モンスター肉は毒性が色々ある、くれぐれも勝手に」

「ふむ、ではさっそく一口」

「あっバカ――」


 止める間もなく蜘蛛の肉を包丁でたっぷりと切り取り、躊躇なくヒマリは口いっぱいに頬張った。


 毒の様子見だって言ってんのになんで躊躇わず食ってんだよ!


「かっ」


 見る見るうちに白い肌が真っ赤に染まった。


かりゃぁい……」

「見ろスズ、これがお前のあこがれる探訪者の姿だぞ。本当にこれでいいのか?」

「大丈夫ですかヒマリさん!?」


 涙目で秋の死に掛けた蚊のような悲鳴を上げるヒマリ。

 彼女にうやうやしく近づき、そっと牛乳を手渡すスズの姿に俺は涙が止まらなかった。


 本当にそれでいいのか? なあ、絶対間違ってるよスズ。


「な、にゃんでひゅか、このからしゃはっ」

「知らねえけど毒だろ、ほら毒消しと牛乳」


 錠剤を牛乳で一気に流し込んだヒマリは、変わらず真っ赤になった顔で普段より大きな声を上げた。

 知らん人間からすればその顔つきはそう変わっていないように見えるものの、まるで彼女の心情を代弁するかのように、ピコピコと耳と尻尾が今までにない勢いで荒ぶっている。


 しかしさすがちょっと高級な毒消しだ。

 彼女の荒ぶる耳と尻尾は一分も経たずに元に戻り、いつもの冷静沈着(?)な姿を取り戻した。

 無事普段のエリート探訪者、京極ヒマリの復活である。


「……ふう、少し驚きましたね。スズランさん、そしてシキミさんありがとうございます」

「取り繕っても遅いからな、次からは勝手に手を出すなよ」

「なかなかスリリングな体験でした」


 満足げに残った牛乳を飲み干すヒマリ。


 俺の話まともに聞いてねえなこいつ。

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