第31話 正直モンハンで麻痺属性武器って地味
「まずっ」
反射的に涙が溢れ、ぼやけた視界でかすかに見えたのは、決して触れてはならない粘液がまっすぐへ俺へと襲い掛かる瞬間だった。
この細い路地、左右に逃げ道はない。
それ故今の今まで周囲を囲まれずに済んだが、この時になってソレが致命的な結果を導いた。
不明瞭な視界、目を開けるのすら一苦労な状況、目の前から致死性の攻撃が来ているのに、今それがどれくらいの距離にあるのかすら確認もできない。
八方ふさがり打つ手なしの状況、今の俺が唯一打てる術は――
「――《水よ》」
前にしかないッ!
俺は切っ先へと水球を纏ませ正面へと突き出すと、
同時に柄を握った手へ確かな衝撃、正面に貼った水球へと蜘蛛の粘液が接触したのだろう。
「今ッ!」
瞬間、水球がその場で激しい回転を始めた。
更に一歩の深い踏み込み。操っていた水流の質量が突如増したことで、俺は成功の確信に口角を吊り上げ目を見開いた。
俺の操作によって静かに刀の周囲を螺旋状に対流する水、しかしその姿は本来のものより濁っている。
クモの粘液を取り込むのは上手くいったらしい。
「さしずめ麻痺属性武器ってか?」
クモの毒液をぶっかけられたゴブリンを見た時点で、俺の中にはこの毒をどうにか奪えないかという考えが浮かんでいた。
しかし追われながらの都合上、どうしても地面に落ちた毒液をいちいち拾っている余裕はない。
奪うならすべて終わってから本体を掻っ捌くか……空中でうまく拾い上げる。
しかし俺は今この毒を使いたかった。
今、この大量のモンスターに襲われている今だからこそ、この激烈な効果を持つ麻痺毒が必要だったのだ。
どうせこのまま撤退戦をしても死ぬ。それならイチかバチか、逆転の一手を仕掛けるべきだろう。
そしてその一手は上手くいった。
「さて、と」
逃げまどっていた俺が突如として止まり、それどころか突撃してきたことで、さすがの連中たちも困惑を隠しきれなかったようだ。
ゴブリンたちは足を止め、蜘蛛たちは背後へと飛びずさった。
こりゃ都合がいいね。
クモには効くかわかんねえしな。
「まず一匹」
地面を踏み込んでの横薙ぎ。
わき腹へとめり込んだその一撃は、しかしその肉を浅く切りつけるだけに留まっただろう。
効果はあれど致命傷には決して届くことのない、貧弱な一撃に過ぎない。
もし、水流さえなければ。
「こいつぁ効くぞッ!」
ゴブリンが一撃を受け止めているその間、わずか一瞬ですべては決した。
俺の薙ぎ払いと同時に水流が傷口へと襲い掛かり、その細胞、そして血管の中へと激烈な麻痺毒を流し込むッ!
表面からぶっ掛けられただけで即全身麻痺につながる毒だ、総量からすればわずかでも直接体内に撃ち込まれた結末は分かり切っている。
軽く地面を吹き飛び、再び襲い掛かろうと腕を上げた奴だったが、その場で静かに崩れ落ちた。
ゴブリンたちに電流が走る。
つい先ほどまでは自分たちが狩人であったはずだ。
貧弱な一撃しかできない奴だった、間違いなく獲物だった、舐めてかかっていた。
「ぼさっとしてんじゃねえぞッ!」
動揺の隙を俺は逃さなかった。
切り捨てる必要はない。
殺しきる必要もない。
着実に、確実に、ただ一撃、確実に肉まで切り裂き、この麻痺毒を流し込むだけでいい。
二匹目、浅く頬を切りつけた。
三匹目、続けて背後にいたのを掬い上げるように脇を切り上げた。
四匹、五匹、そして最後の一匹ッ!
その時、最後の一匹はようやく振りを悟ったのか、背を向け逃げだす直前だった。
「逃がすかよッ!」
刀の薙ぎ払いと同時に射出される水球。
粘液がたっぷりと含まれたそれを背中からモロに喰らったゴブリンは、静かに地面へと倒れ伏した。
一瞬の攻防でゴブリン七匹が倒れ伏したことに驚愕したのか、蜘蛛たちが文字通り蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
二匹ばかしこちらへ駆け寄ってきたやつらもいたが、
「『一閃』」
この程度の数ならもはや敵ではない。
一撃の下に切り裂き、俺はどうにか苦境を切り抜けたことに内心安堵のため息を漏らした。
◇
「……はー! 今回ばかりは死ぬかと思ったぁぁ!!」
麻痺したゴブリンたちを仕留め、あの大混戦をどうにか切り抜けた俺は地上へと戻った。
帰る通路でも何度か蜘蛛とゴブリンのコンビ、トリオに襲われたものの、今度は逃げずその場で仕留め切ることで、軽い傷を負った程度で地上を拝むことができた。
ああ、マジでしばらくはこんな戦いしたくねえ。
熊と同じかそれ以上にヤバかった、数の暴力ってのがよーくわかった。
そして数の暴力というのはモンスター側に限らず、人間側でもきっと同じことなのだろう。
例えば俺が麻痺して倒れたとしても、他のメンバーが毒消しを飲ませれば何とかなるし、敵を裁くのだって何倍も楽になる。
パーティを組んだ人間とソロの人間、それはたとえ同じダンジョン、同じ敵と戦ったとしても全く異なる感想を抱くに違いない。
「ああくっそ、今後はもっと情報集めないと危ないなこりゃ」
ツムギも別にわざと君なら大丈夫、なんて言ったわけではないだろう。
ソロとパーティの違いに気付かなかった俺も悪い。
が、が、が!!! なんか死にかけたのに何もしないのも心がモヤつく。
「もしもし?」
『あっシキミ君! 二階層はどうだっ』
「ミヤ様聞いてくれ……どうしても俺、ミヤ様のことが殴りたくて……」
結果、俺はクソみたいないたずら電話をかけることにした。
『え!? いきなり!? あ、うーん……どうしても殴りたいっていうのなら、いいよ』
「え!? いいの!?」
いいの!?
『え!? 殴りたいんじゃないの!?』
「俺がダチを殴るやつだと思ってるのかよ!?」
『キミが殴りたいって言ったんじゃないか……』
なんてことだ、このツムギとかいうやつあまりに心が広すぎる。
他人に自分を殴れだなんて走れ〇ロス以外で聞いたことがない、もしかしたらメロスの生まれ変わりなのかもしれない。
俺は自分自身の心の狭さを恥じ、滂沱の涙を流しながら電話をそっと切る。
そして返す刀で、以前我が家に押し入ってきたスリル中毒患者、京極ヒマリへと電話をかけた。
「ヒマリか?」
『……ああ、シキミさんでしたか。少々お待ちください』
電話越しにすさまじい爆音が響き渡る。
何やら取り込んでいるらしい。
大方ダンジョン内なのだろう、何かスキルを発動しているであろうヒマリの声も、少し離れた場所から聞こえてくる。
『何か御用が?』
「なんか食えそうなモンスター倒したけど今日ウチ来る?」
再び爆音。
続いてモンスターらしき重低音の絶叫。
うるせえ。
『今から向かいます』
来るらしい。
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