第30話 夜中とかいきなりアシダカグモが出てくるとめっちゃビビるよね
「あーもう! もう! もおおお! かかってこいやオラァァッ!!!」
薄暗いダンジョン内で、俺が抜き取った黒鉄の刃がギラリと輝く。
これ以上膨れ上がる前にヤルしかねえ!
振り向くと同時、今まで目をそらしていた光景が直で襲ってくる。
壁や天井に張り付き先陣を切る蜘蛛、その後ろで大群をなすゴブリン。
魑魅魍魎の百鬼夜行、十重二十重にして尽きることなしって感じだ。
「――『一閃』」
真っ先に飛びかかってきた二匹の蜘蛛を同時に叩き切る。
腕先に疲労感が大きくのしかかる、これで残り二回。
「うおっ、キモっ!」
真っ二つにした蜘蛛の体液が俺へと襲い掛かる。
俺は引きつった顔でそれを全力回避、顔面を地面ですり下ろしながら横へ思い切り飛びのいた。
クモの体液は何か青いし、しかもちょっと放置するとドゥルっとしたゼリー状になるので、ぶっかかると非常に不快感がすごくすごい。
第一モンスターの体液なのでおそらく何らかの毒がある。
仕方のない場合を除いて、そんなものを頭からぶっかかるくらいならば、顔を擦りむいた方が何倍もいいってものだ。
「――『水よ』っ!」
地面を退転、勢いそのままに立ち上がり背後へ牽制代わりの水球を一発。
予想通り、思い切り飛び込んできたゴブリンがもんどりうって地面へ転がり、他の連中は巻き込まれてド派手な将棋倒しだ。
まったく油断も隙もあったもんじゃない。
こっちはもうくたくたで寝転がりたいってのに、そんなことを許してくれる気配がとんと見えない。
モンスターで出来たドミノの壁。
これで少しは休めるかと思いきや、その隙間を這って出てくるモンスターもいる。
一匹のゴブリンが先陣を切って立ち上がり、盛大な奇声と共にこちらへ思い切り駆け寄った。
「オラッ!」
さらにその背後から影を縫いひそかに迫っていた一匹の蜘蛛、その口元へと俺はゴブリンを蹴り飛ばす。
ゴブリンは素早い分体重も軽い。レベルによって以前より確実に増した俺の脚力は、その体を蜘蛛まで吹っ飛ばすには十分な力を持っている。
衝突の瞬間、反射的に吐き出した蜘蛛の粘液が奴の全身へと襲い掛かった。
効果は劇的だった。
即座に立ち上がろうとしたゴブリンだったが、まるで足元から力が抜けるように地面へ倒れ伏すと、ビクビクと、おそらく本人の意志とは無関係に全身の痙攣を始める。
その特徴的な症状から、俺はすぐに蜘蛛の毒性を思いついた。
「――神経毒かっ!」
いわゆる麻痺毒というやつだ。
神経がぶっ壊されたり、あるいはまともに使い物にならなくなった結果、全身を動かすことができなくなってしまう毒性の一種。
しかも恐ろしいほどの即効性。おそらく多少ならまだ耐えられるが、蜘蛛自体の体格が大きい分膨大な量が注がれ、それ故にここまで激烈な症状を引き起こすようになっているのだろう。
最悪だなこれは。
マジで喰らいたくない、当たった瞬間終わりだ。
何が一番最悪って量が多いので即効で全身に回る都合上、一度喰らった瞬間毒消しを飲み込むことすらできなくなることだ。
痛覚も麻痺するので何をされても痛みで意識は飛ばず、この蜘蛛とゴブリンのごちそうになるのを見続ける羽目になる。
喰らった瞬間最高の生き地獄ってわけだ。たまんねえなぁ、遠慮したいぜ。
「『水よ』っ! おらっ!」
再び天井を這ってきた蜘蛛を魔法で叩き落し、即座に駆け寄り刀で腹を真っ二つに叩き切る。
スキルの連発は無理だ、体力が持たない。
できて二発、無理をして三発が限界か。
幸運なのはこの蜘蛛たち、全身の外骨格自体はそう大したことがない。スキルなしでは浅い傷で収まってしまうゴブリンと比べ、体重を込めた一撃ならば十分に切り裂ける。
まあこうもわらわらと襲ってこられては、そんな事実気休めにもならないが。
「次から次へと本当に!」
戦いの常とは量。
歴戦の英雄ですら数の暴力に敵わないのならば、別に歴戦じゃない凡人の俺はなおさら死ねる。
「痛っ!? なっ、何が……!?」
突如、俺の腕に鋭い痛みが尽きぬけた。
それは激痛というほどではないものの、今までは一度も喰らったことのない感覚。
「っ、新しいモンスターか!?」
慌てて周囲へ視線を走らせると同時、反射的に痛みを感じた部位へ手のひらを伸ばし――
「いっ!?」
今度はその手のひらにも痛みが伝播した。
なんだ!? いったい何が起こってる!?
未知の存在による攻撃は今もなお続いていた。
最初は腕に、次に首元に、そしてついには顔にまで。
痛みは確かにあるのに、目の前にいるのは蜘蛛とゴブリンだけ。
今まではこんな攻撃を受けたことがない、一体何が……!?
ふと、俺の足元で倒れ伏している蜘蛛の一匹に目が吸い込まれた。
腹を切り裂かれたそいつはもはや走り回る気力もなく、無駄にもがいて足で体を擦っている。
ただもがいて……全身に毛がびっしりと生えているくせに、そこだけ毛が剥げてしまって……!?
「――
思い立った瞬間俺は足元の蜘蛛を蹴り飛ばした。
こいつはもがいてるんじゃない。
体の表面にある毒の毛を、足で蹴ってまき散らしてやがるんだッ!
刺激毛と呼ばれるソレは現実の蜘蛛も持ち合わせており。オオツチグモ類、いわゆるタランチュラと呼ばれる蜘蛛に多く見られる特性だ。
このダンジョンにいるクモもタランチュラそっくり、それをそのまま十数倍にした見た目をしている。
俺はこいつを見た時点で、その容貌から刺激毛を飛ばす可能性を考慮しておくべきだった。
「くそっ! やられたっ!」
焦りながら背後への撤退。
この周囲には既に刺激毛が蔓延していると考えていい、少しでもあのクモがいた場所から距離を取らなくては。
幸いにしてこの刺激毛は毒性は強くないらしい。
しかし空中を微細な針状の毛が飛び回っているため、少し動くだけでもチクチクチクチクと不愉快な刺激が駆け抜ける。
その時だった。
突如として俺の目に激痛が走った。
「いっ!?」
人は、いや、生物は目への刺激に弱い。
たとえそれが大した毒性のない刺激毛であったとして、つい目を閉じてしまうのは本能である以上仕方のない事だろう。
「まずっ」
反射的に涙が溢れ、ぼやけた視界でかすかに見えたのは、決して触れてはならない粘液がまっすぐへ俺へと襲い掛かる瞬間だった。
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