第28話 一度思い込むとそれを覆すのは難しい

神宮寺じんぐうじツムギ、ね。だからミヤ様って呼ばれてたのか」

「ツムギでいいよ、神宮寺はその……そっちも苦手なんだ」

「神宮寺なんてなかなか格好いいと思うけど、そんなに嫌なのか?」


 日当たりのいい窓際の席でこくりと頷くツムギ。

 周囲の目線がつらいと腕を引っ張られて訪れたのは、探協の近くにあるカフェだ。

 彼はここが行きつけだそうで、手慣れた様子で端の席に腰を掛けると静かに語りだした。


 まあ俺も毒島ぶすじまって苗字にはちょっと思うところがあるので、その気持ちは分からなくもない。

 特に小学生の頃はブス! ブス! といじられたものだ。

 もちろんスズランも同級生にいじられていたが、そっちは俺が破壊の権化と化すことですべてを解決した。


 スズをいじめる奴は許さん、お兄ちゃんがすべてを破壊します。


 と、まあその話は置いておいて、ここ最近俺の周りにはどうにも、他人から呼ばれる名前に忌避感を覚えている奴が多い。

 今回のツムギもそうだが、昨日であったヒマリも随分と自分の称号を嫌っていた。

 まあ苗字にしても称号にしても、中々自分でつけられるものではないのだから、好みと嚙み合わないってのはある意味で当然なのかもしれない。


「こほん。ともかく、君が無事でよかったよ」

「まさか、心配してわざわざ探協で待ってたのか? そこまで気にする必要ないってのに悪いな」

「ボクが勝手に気にしただけさ、そう頭を下げないでよ」


 気恥ずかし気に少し顔をうつむき、彼は手を振った。


 俺が探訪者になってはや二か月近く経つ。

 確かに大概の探訪者たちも怪我している人間がいれば気にするくらいはあるだろうが、ツムギほど自発的に誰かへ声をかけている奴は初めてみた。

 探訪者、ましてやなりたてなんぞ、自分の戦いにかかりきりで精いっぱいな人が多いというのに、なんともまあ情の深いことだ。


 話がひと段落付いたところでちょうど店員が訪れた。


「ああ、ホットコーヒーに季節のフルーツタルト、チーズケーキ、それと……」


 そこでふと、俺が頬杖を突きながら見ていることに気付いた彼がこちらへ視線を向けた。


「なんだい?」

「いや、めっちゃ食うなーって」


 それとって、今でも二つケーキ頼んでるのにもう一つ頼むつもりだろ?


 すると彼はすぐに耳の先まで赤くなり、少し早口でまくしたて始めた。


「べ、別にいいだろ! 探訪者は動くから問題ないし! それとダブルクリームのロールケーキを! ほら! 君も頼みなよ!」

「俺はパス。すみません、アイスティーだけください。ああ砂糖とか牛乳はなしで大丈夫っす」


 突き渡されたメニューをそっとテーブル脇にしまい、コーヒーだけを頼んで注文を区切る。

 店員が去った後も俺たちの間には少し静寂が満ちた。

 先ほどまで余裕があったツムギだったが、どうにもケーキをいっぱい食べると言われただけで恥ずかしがってしまったようで、まだ耳の先を赤くしている。


 そんなに気にすることだったか……?


 こちらまでなんか悪いことをした気分になってきた。

 しかしさて、出会ったばかりの人間だ。

 ちょっとしゃべってみればなかなか気安い相手だが、互いの素性もさっぱり知らないので、一体何を話していいのかすら思い浮かばない。


「ね、ねえ、地下迷宮はどうだった?」


 互いに水を口に含んで視線を向ける最中、ふと彼が口火を切った。


「ああさすがDランクダンジョンって感じだな、Eとは比べ物にならなかったよ」

「うんうん。ボクも最初に入った時は同じことを思ったよ、やっぱり思うことは同じだよね」


 結局お互いに探訪者だ、話すことと言えばやはり戦いやなぜ探訪者になったか、なんてことになる。

 その流れで分かったことだが、彼もやはり今年の春に探訪者になった口のようだ。

 とはいっても俺と違って特に切迫した理由はなく、ただ何となく始めたらしい。


 それでも順当で確実な戦い方を繰り返した結果、レベルはあともう少しで20に届きそうだとのこと。

 地下迷宮はDランクダンジョンの中でも難易度が低く、推奨レベルが10から25と言われているので、これなら最終階層である第三階層にも近いうちにトライできるらしい。

 全体的に順風満帆な探訪者ライフと言ったところか。


 初手で思いっきり置いて行かれた俺にとっては羨ましい事である。


 他人の、それもスタートが同じだったので同期の探訪者の話は、中々自分との差異が見られて面白い。

 ふんふんと話を聞いていた俺だったが、ふと話題の矢先が自分へ飛んできた。


「やっぱりまだソロで潜るつもりかい?」

「ああ……本当は誰かと組みたいさ、そりゃね。好きでソロやってるわけじゃねえし、でもスタートダッシュで装備が揃わなかったんだよ」

「もしかして今日とあんまり変わらない装備でずっと?」


 しんじられないといったように彼が驚く。


 ツムギは朝の俺の姿を知っている。

 つまりリュックと木刀でダンジョンに突入した、ウルトラ貧相な俺の姿を、だ。

 まあびっくりだろうな。俺だって自分自身でヤバいと思ってたんだ、他人から抱かれる感想はそれ以上だろう。


「今日刀拾ったから、これでやっとスタートラインって感じだな」

「ああ、そういえばさっき握って……んん? 拾った? ダンジョンの中で?」

「そう。まあそういうことだな」


 ここでちょうどケーキや飲み物が届いた。

 彼はそれを満面の笑みで受け取り、自分の前にずらりと並べ、ふと真面目な顔を取り繕って続ける。


「そこまで分かっていて、それでもボクのパーティに入らないと?」

「ツムギ、お前もしかしてあの女の子たち全員そうやって・・・・・誘ったのか?」

「え? ああ……うん。みんな一人でダンジョンに入ろうとしてたから、それは危ないなって思って」


 ツムギは身長こそ男としては普通程度だが、かなり細い体な上に声も顔も中性的で整っている。

 そんな奴が心配そうに寄ってきて、果てには一緒にダンジョンに潜ろうだなんて、なぁ。

 そりゃまああんな態度を取られるのも良く分かるってもんだ。


 友達としてつるむ分にはいいが、深入りすると俺までなんか敵として扱われそうで怖いな。


「そのうち刺されるぞ」

「誰に!?」

「さぁな」


 紅茶を吸い上げて適当に首を振る。

 俺の態度にちょっとふくれたツムギだったが、はたと何かに気付いたようにスマホを取り出し、こちらへと顔を近づけてきた。


「シキミ君、スマホは持ってるかい?」

「ん? ああ、まあ一応」

「もし気分が変わったら電話してくれ……いつでも待ってるからさ」


 ここまで親身にされて断る俺でもないので、互いに電話番号などを教えあう。

 しかしこの心の隙間にスルっと入ってくる能力、ちょっと恐ろしさすら感じてしまう。

 もし俺がホモか女だったら落ちていたかもしれない。


「そういえば甘いのは苦手なのかい?」

「いいや、結構好きだな。ただ金がねえってだけ」


 前は良くお菓子作りもしていた。

 単純に楽しいのもあったし、甘いものは好きなのもあったが、何よりスズが喜ぶのも大きい。

 しかしここ半年はすっかり作らなくなってしまった。特にバターなどがそうだが、店で出来あいを買うより安いとはいえ、お菓子作りはなかなかコストがかかるからだ。


 最近は収入も安定してきた。

 アイツにも近いうちに何か作ってやろうか。


 そんなことを考えていると、ツムギがすこしばつの悪そうな顔つきで呟いた。


「そっか……それなら気にせず言ってくれれば奢ったのに」


 さっきからこいつ俺の事攻略しようとしてる?


 怖い。

 俺はこのままツムギに落とされそうで怖い。

 助けてスズ、お兄ちゃんはホモになってしまうかもしれない。


「出会ってすぐの相手にそんなこと言うわけねえだろ」

「うーん、それもそう、かな?」


 不思議そうな顔つき。

 たぶんこいつは日常的に奢り慣れている、しかもごく自然に。

 イケメンは行動にまでイケメンが滲み出してしまうのだろうか、これもう一種のテロ行為だろ。


 少し首を捻った彼だったが、フォークでチーズケーキの端を少し切り落とすと、ちょっとだけ躊躇した後なぜかこちらへちらりと視線を向けた。


「どうした」

「い、いやその……一口食べるかい?」

「ぇまじぃ?」


 思わず変な声が出てしまう。


 いくらお人よしだからと言ってお前、それはやりすぎだろ。


 戸惑う俺を尻目にフォークがこちらへと突き出される。

 ツムギは顔を赤らめて目を閉じていた、何を言っても聞こえてすらいない。

 食べなければこれは一生終わらない奴だと一目で分かった。


「……あ、あーん?」


 なんで俺は出会ったばかりの男とあーんをしているんだろう。

 そしてなんで提案したツムギが顔を赤らめているんだろう。

 なにもかもが意味は分からなかったが、チーズケーキはうまかった。


「この店はニューヨークチーズケーキか、さっぱりしてて食べやすいな」

「へえ、随分と詳しいね」

「まあ妹がいるからな。喜ぶし前は良くお菓子作りしてたんだよ」


 その言葉を聞いた瞬間、彼の目がきらきらと輝きだした。

 甘いのが好きなのは良く分かったが、想像以上の食いつきっぷりだ。


「へぇーお菓子づくり! ね、今度ボクにも作ってよ!」

「別にいいぞ。どんなのが好きなんだ?」

「そうだね……例えば――」


 それから俺たちの茶会は小一時間続いた。

 ツムギは人との受けはいいものの、こうやって普通に話す相手にはどうにも恵まれなかったと、会話中で少し愚痴っていたのも良く覚えている。

 イケメンにはイケメンの苦労があるらしい。


 こうして俺は初めての同期の知り合いが生まれた。

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