第27話 がはは! これが毒島流外道戦術よ! 死ねぃ!

「『水よ』」


 俺の指示によって解き放たれた水球が、薄暗い路地を駆け抜けゴブリンへと取り付いた。

 やつは突如として襲ってきた水に慌てふためくも、不定形の液体はどれだけ払おうと暴れまわったところで、多少形を変えるだけだ。

 呼吸を奪われたゴブリンは次第に動きから精細さが欠けていき、ついにがっくりと膝を折って地面へと倒れ伏した。


 十数秒観察し、動かなくなったゴブリンに俺は慎重に近づき、胸元へ体重をかけた刀を一突き。

 ヤツの体はブルリと震え……魔石を残して消えた。


 最初の頃は窒息死を待っていたが、その場合気絶してから息絶えるまで割と時間がかかる。

 それなら呼吸を奪い、気絶したタイミングで心臓なり首なりを切り落とした方が早い。

 これがしばらくこの地下迷宮を歩いて交戦を繰り返してきた、俺の最も効率がいい魔石集めの手段だ。


 が……! なのだが……!!!


「……なんかやっぱり、ちょっと邪悪だな」


 ゴブリンの魔石を拾い上げ、俺は俺自身ドン引きしながらつぶやいた。


 なんか思ってた魔法と違う。

 魔法ってほら、炎を操って『ファイヤーボール!』とか、氷の槍をとばしながら『アイシクルランス!』とかやるべきじゃん。

 俺だってそういうのがしたかったのに! 水を纏わせて窒息からの気絶、そっから心臓を一突き!



「でもこれが一番効率良いんだよなぁ」


 本日二十個目となる魔石を小袋へ詰め込み、深々とため息を吐く。


 魔法の指輪を手に入れたため実験感覚として潜ったこのサカウラ地下迷宮で、少なくとも今の俺は想像以上の成果を上げている。

 しかしその中でも、この窒息串刺し戦法を生み出せたのは何よりの成果だろう。


 ……なんか、よく考えたら今までの俺の戦い方って全部外道じゃねえか?


 ふと思い浮かんだ疑問だが首を振ってかき消す。

 同族の核ぶっかけて即死だとか、キメさせて弱点殴るとか、傷口に毒塗りたくるとか、色々思い浮かんだが考えたらダメな気がしたからだ。


「これは仕方がない事なんだよ……ソロだから……ソロなのが全部悪いんだ……!」


 そうだ、ソロが悪いんだ!

 誰も助けてくれない中で戦うには、何より安全性が第一!

 確実に勝てる方法を選ばなければ、小さな痂疲が命を奪うのだから!


「あっ、『水よ』」


 道を曲がった先にゴブリンを見つけた瞬間、俺はもはや作業的に魔法を唱えていた。


 今日も一日ご安全に! ヨシ!



「換金とレベルチェックお願いしまーす」


 午後四時。

 ゴブリンを狩り続けたはいいものの、そもそもの数がそう多くないということですっかり見当たらなくなってしまったので、俺はダンジョンを抜け出し探協へと帰ってきていた。

 やはり・・・相変わらずあの鉄面皮な受付のお姉さんの前には人がいないので、いつも通りホイホイと足を運んで小袋を手渡す。


「ゴブリンの魔石がちょうど50個で一万円です、どうぞ」

「あざす」

「地下迷宮に挑戦なさったのですね。初めての割には相当調子がよさそうですが、いかがでしたか?」


 と、俺が普段どこで戦っているかを知っている彼女が小首をかしげた。

 まあ二か月も毎日顔を合わせて換金していれば顔なじみ程度にはなるもので、彼女から話題を振ってくることもしばしばある。


「いやあ、実はスキル習得しまして!」

「それは、おめでとうございます。やっとですね」

「いや本当に!」


 無表情でぱちぱちと拍手をする彼女。

 まるで小ばかにしているかのような態度だが、彼女は本気で俺のスキル習得を喜んでいる……喜んでるよね?

 たぶん喜んでいる。


 実は俺はスキル習得がなかなかできないことを、彼女に何度か相談していたのだ。

 なんたって以前の実力に自信があった態度からもわかるが、彼女はもともと探訪者だったらしい。

 それも相当高レベルだったようで、ちょっとした世間話から一度相談する流れになり、それからはちょいちょいといろんな質問をしている。


 この人は時々恐ろしい脳筋発言が飛び出ることを除けば、かなり親身になってくれる良い人だった。

 笑顔になればもっと他の探訪者も換金によって来ると思うが、本人は笑顔が素敵な受付嬢だと思っているっぽいので、おそらくその日は来ない。


「それで、そちらの刀は?」


 笑顔の素敵なお嬢さんの視線が俺が握っていた一本の刀へと吸い込まれた。

 ゴブリンが握っていて俺がパク……頂いたあの刀だ。

 シャツで刃を包んで帰ってきたので騒ぎにはならなかったものの、同時に上裸でママチャリをこいで二本の棒をリュックに差す変態が完成した。



「ダンジョンで拾ったんスよ、ゴブリンが使っていた奴っすね」

「ああ……」


 彼女は目を細め……少しだけ悲し気な顔つきを浮かべた。

 しかしそれも長くは持たず、またいつもの鉄面皮に戻ってしまう。


 探訪者は体を張る仕事だ。

 戦うほど豪勢な報酬がある。最上位の探訪者は名声、富、望むすべてを得られるものの、同時に多くの命が散っていくのもまた事実だ。

 それらすべてを掬い上げるなんてこと、どれだけの人材資材があろうと足りない。


「拾得物は好きにしてもらって構いません……なにか本人の確認が取れるものなどは」

「悪い、これ以外は何も」

「そうですか。ではそちらの刀はいかがなさいます?」


 彼女の目線が再び刀へ向く。

 こいつは先ほどの戦闘でもしばらく使ってみたが、特にどこかが錆びついているだとか、壊れかけってことはなさそうだった。

 刃の部分もぐらついたりしていないし、ちょっと整備してやれば十分戦闘用に使えるだろう。


「鞘って買えます?」

「問題ありません、戦闘中に壊れて鞘や、刀本体だけを買い求める方も多いので」

「なら鞘を付けてもらって、あと整備もお願いします。明日の朝取りにくるんで、じゃ!」


 俺はそっとそれをカウンターに乗せ、あとは彼女に任せて背を向けた。

 ちなみに費用は一万円だった。

 今日の稼ぎが吹っ飛んだ。

 吐きそう。明日は他の探訪者が狩るより早く出て、一気にゴブリン倒そう。


 男は涙を流してはいけない。

 涙を流すのは親の死に目と、足の小指をこう、タンスとかの角にガッ! ってやっちゃった時と、寝てるときいきなり足が攣った時だけだ。


 ちらりと横目でカウンター横のレベルを見て――ちなみに11だった、1上がっている――颯爽と立ち去ろうとする俺の前に、一人の人間が立ちはだかった。


「やあ。よかった、無事だったんだね」

「おっ、ミヤ様!」

「えっ……」


 さわやかスマイルがしゅっと曇った。

 なぜか自分から話し掛けてきたのにショックを受けた顔つきのミヤ様。


「どうしたミヤ様!? 体調悪いんか!?」

「いや、その……」


 俺はつい少し声を張って彼へと近づいてしまった。


 ダンジョンという未知の場所に潜っている以上、探訪者は自分の体調に注意をするものだ。

 小さな傷から入った未知のウイルス……なんてものがあるかは分からないが、可能性を考慮することが何より命をつなぐ。

 回復魔法か解毒剤、どちらでもいいがそれを服用するのが間に合わず、すんでのところで死んでしまったなんて話はありふれているのだから。


「どこか傷が痛むのか!? 大丈夫かミヤ様! ちょっと待ってろミヤ様、今から回復魔法を使える人を……!?」


 突如、俺の腕がぐい、と引っ張られる。

 彼はその細い腕で俺の首をひっつかみ、少し高めの声で囁いた。


「ミヤ様はやめてくれない? その、は、恥ずかしいから……!」

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