第26話 主人公の戦いではない

「――『一閃』」


 俺の頬へ薄い傷が一筋刻まれ、遅れて真っ二つに叩き割られたゴブリンの体が地面へ崩れ落ちた。

 俺は静かに肩で息をし、小さく振り向いて戦いが終わったことを理解し……疲労感からだらりと腕を下した。


 ゴブリンは強敵だった。

 応酬に次ぐ応酬、気を抜けば死が目前へと迫る危機感は、Eランクのモンスターの比ではなかった。

 だが戦いの中で感じた手ごたえとスキルへの目覚めは、俺を新たな段階へと連れて行ってくれたと言える。


 スキルを発動したとき手に伝わる感覚はまるで、熱した包丁でバターを切るようだった。

 おそらく本来はこう上手くいくものでもないのだろうが、今回は関節などをうまく縫って切り裂いたことで、なおのこと滑らかに切り捨てられたのだろう。

 集中が生んだ偶然の結果だ。


「しっかし……鞘がないのは不便だな」


 戦いが終わったことで加熱された俺の思考がふと平常へと戻り、気になることがあれこれと浮かび上がる。

 俺は一人でむき身の刀を握りしめたまま、さてどうしたものかと頭をかいた。


 ダンジョン内ならまだいい。いつ敵が現れるかわからないので、握ったままでもそう問題はないだろう。

 しかしながら外ではまるきり別だ。既に俺が変態殺人鬼として周知されているならともかく、平和を愛する一般人が剣を剥き身で徘徊はさすがに不味い。


 このままじゃ俺はともかく、スズの世間体までもがが大変なことになっちまう……鞘は帰りに探協で買っていくか。



「……で、一番気になるのはこっちか」


 正直俺は『それ』からわざと意識の外に置いていた。


 ゴブリンの体だ。


「人型はなぁ……」


 俺は正直、ほかの人間から見ればゲテモノ食いであることを自覚している。

 鉄鋼虫なんかデカイダンゴムシで、人によっては拒絶感から逃げるレベルだろうということもわかっている。

 しかし山の中で猟師をしていたじいちゃんの影響で、野草だの獣だの、時には虫にすら手を出していたので、オレ的にはそこらへんに手を出すのが拒否感が薄い。


 しかし人型となると別だ。

 ゴブリンが人間にそっくり、だなんて言ったら袋叩きに合うだろうから言わんけれども、二本脚で歩き回り、動物と異なり体毛の薄い姿はやはりどちらかと言えば人間寄りと言える。


 俺は二つの綱に引っ張られていた。

 一方は人間に近い見た目の生き物を口にするという、一応まともな人間として積み上げてきた常識と葛藤。

 そしてもう一方は、この程度で食えないと逃げるのか? という、今日この日まで育て上げたモンスター肉喰いとしての矜持と好奇心。









 ……食うか。

 味をせめて知らなくてはならない。どれだけ嫌でも、拒絶感があろうとも、広めようとしている人間が逃げたことがあるだなんて、そんなことをしてしまえば信用は得られまい。

 だが……だが、願わくばゴブリン肉よ、不味くあってくれ。


 死ぬほど悩んだ結果、おそらく人生で初めて考える願いを胸に、俺は組んでいた腕をほどきゆっくり目を開けた。



「ふぉあ!?」


 そして俺の目前でゴブリンさんが砂になってさらさらと消えて行っていった。


「エッ!? ちょ、ちょっとっと待ってェ!? 食べます! 食べさせてくださいって!?」


 しゃがんで必死にかき集める俺。

 しかし何と無慈悲なのだろう、さらさらと俺の指の隙間から落ちていく砂。

 それはまるで空中に溶けるように消えていき、最後には一つの魔石だけが床に転がっていた。


 ダンジョンを出てから知ったが、迷宮型ダンジョンに現れるモンスターの一部は、このように風化して消えてしまうことがあるらしい。

 特に人型のモンスターに多々見られる特徴で、ゴブリンもその例の一つだそうだ。



「…………マジでよかったぁ」


 小さな魔石を拾い上げ、俺はついそう呟いてしまった。

 やっぱ人型は食えへんなって。



 サカウラ地下迷宮の全体図は重箱のような構造をしていて、中心にはより地下の層に潜るための階段が存在している。

 そのため特に中心へ向かう道やその周囲は探訪者が多く行き来し、モンスターの大半が現れた瞬間に狩られていて安全だ。

 逆に言うとそれは稼げないということでもあり、俺はあえて四角いマップの周囲をぐるりと回ることで、一階のメインモンスターであるゴブリンと出会えるのではないのかと睨み、移動していたのだが……


「……いたか」


 予想は的中だった。

 今度は武器を持っていないゴブリンが通路の中心に座り込み、退屈そうに天井を眺めている。


 ヤツをどう効率よく狩るか、今後の俺の課題はこれになってくる。

 ゴブリンの魔石はそりゃスライムよりは高いだろうが、それでもおそらく2、300円にでもなればいいところだろう。

 それを10分、20分と応酬しあったうえで狩っていたのでは、スライムを木刀でシバきまわしていたときと変わらない。

 それどころかスライムと違いわんさか現れるわけではないので、捜索時間まで考えたら効率は劣ってすらいる。


 どうやって数回、できれば一撃でぶっ倒すかだよなぁ……

 これ連打はめっちゃきついし、多分さっきみたいに一撃を繰り返すのはちょっと無理だし……困った。


 スキルは強い、本来の俺じゃ出せないような一撃を放てる。

 しかし問題があってやたらと疲れる。これは冗談じゃなく、なんかわからんが全力疾走をちょいとやった程度には疲れる。

 そうほいほい放つのでは直ぐにばててしまうし、体力が尽きれば強敵とたまたま出会った時など、逃げることすらままならない。


 この疲労感はスキルを使い込むことで相当軽減するらしいが、少なくとも今の俺は一回の戦闘で『一閃』を三度放つのが限界だろう。


「とりあえず牽制で魔法打って…、そのまま固定して近づいて……一気に首元にスキルで……」


 ぶつぶつと独り言を漏らしながら、今の俺の持ちうる手段全てを使い、どうにかうまくヤれないかと戦術を練り上げていく。


 できれば他のモンスターの毒などを使えればいいが、あいにく一階にはゴブリンくらいしかいない。

 他のダンジョンから毒を持ってくるのはいまいちだ。その場で補給できないなら一日に狩れる量に制限が付く、それに大量に持ち歩けば重くて動きが鈍る。


 ついでに先ほど拾ったゴブリンの魔石を指輪にあてがい、魔力のチャージを済ませる。

 ゴブリンの魔石はそのままチリとなって消えてしまったが、これで数発は少なくとも十分に発動できるだろう。



「――『水よ』っ!」



 薄暗い洞窟で水球が放たれた。


 結局不意打ちの水球で顔面にシュート、驚いたところを一気に首筋へ『一閃』。

 これが俺の一番シンプルで、考えられる中で一番楽な戦闘方法だった。


 水球の勢いはそのままに、俺も同時に駆け出す。

 ゴブリンの顔面にできる限り水球を纏わりつかせることで、剥がれないそれに慌てさせて大きな隙を生み出すための行動だった。


 魔法は目論見通りの命中!

 突然襲ってきた水球にゴブリンはもんどりうち、壁へ、床へ、大きく跳ねまわって暴れまわっている!


「……あれ、これって放置したらどうなるんだろ」


 切りかかる直前、ちょっと離れたところで俺はふと思った。


 俺から離れた状態で敵にまとわりつかせるのは大変だが、しっかり意識してれば保つことは可能だ。

 そりゃ戦いながら意識なんてのは無理だけれど、こうやって2メートルくらい距離を取っていれば攻撃は飛んでこないので、それだけに集中できる。


 モンスターって窒息死するんかな。

 人間だと意識飛ぶの一分くらいだっけ。


「あっ」


 おおよそ三十秒くらいだろうか。眺めていた俺の前で、ゴブリンが思ったより早く倒れた。

 おそらく暴れまわっていたせいだろう、体の酸素が一気に消費されてしまったようだ。


 なんとなくそのまま水を固定していた俺だが……


「……あっ、倒せちゃった」


 ゴブリンはそのまま魔石を残して空中へと溶けていった。


 なんか……エグいなこれ。

 すっげ―悪い奴がやるやつじゃん。

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