第20話 一秒あればそれは彼女にとって隙である
「お久しぶりですね、少し話がしたいのでおじゃまします」
「すみませんウチそういうのやってないんスよ」
俺はそっと玄関を閉めた。
どこかで見たこともある気がするが、どうにも思い当たらなかった。
うーん……ありゃたぶん宗教勧誘だな。
たぶん見たことあるのは駅前で勧誘してたとかそんなんだろう。
連中は知り合いのフリして初手入ってくるのも割とよくあったので、さすがの俺も学んだ。
さて、さっさと戻らにゃメシが冷えちまう。
鶏肉は冷えると不味くなるからな。
足早にリビングへ戻った俺へ、スズランが少し困惑した顔つきで小首をかしげた。
「だ、誰?」
「知らん……どっかで見たことがある気もするが。まあ気にすんな、メシにしよう」
「ひどい方ですね、随分探すのに時間がかかったのですが」
「ひどいってもなぁ……」
そんなの俺の知ったこっちゃない。
ささっとちゃぶ台に座り込み、少し湯気が落ち着いてしまったチキンステーキを口に運ぶ。
パリッと仕上げたはずの皮目は、ソースがしみ込み少ししんなりしてしまっていた。
しかしこれも悪くはない。時々カリカリとした触感に当たったその瞬間、少しうれしい気持ちになれる。
「貴方の屋台を探したのですが警察に連行されたとのことで、探協で色々聞いてやっとここまで来たのですよ」
「そりゃ大変だったな」
屋台、魔物喰い亭のことか……ケツから油を漏らして二週間はずっと狂い鳥とスライムばっかり狩ってたから、もう連行されて三週間は経つのか。
時の流れってのは早いもんだ。
いつもと変わらないことをしてなんとなく過ごしてると、本当にあっという間に時間が経ってしまう。
ん?
待て、なんか今変なの混じってたな。
ちらりと横を見た。
さっきの宗教勧誘が座っていた。
「イヤアアアっ! 変態イイイイッ!」
「……なぜ女子供のような反応を男の貴方が?」
嘘だろ!?
俺確かに扉閉めたよな!?
「不法侵入だろ!」
「……? しっかり、『おじゃまします』と言ったはずですが」
「誰も入っていいなんて言ってませんけどォ!?」
とぼけた顔でとんでもないことを言い出す女だった。
話をちょっと聞いてみればこの女、俺が扉を閉めるより早く室内へ入り込んだらしい。
これが獣人化現象を経験した探訪者の実力……ってコト!?
俺はおびえた目で横の女を見た。
獣人化現象はおおよそレベル100以上の探訪者に起こると言われているので、彼女は間違いなくそれ以上の実力がある。
俺は今日死ぬかもしれない。
「ま、まあまあお兄ちゃん。悪い人じゃなさそうだし、話くらい聞いてあげたら?」
怯えた俺の背中を撫でつつ、スズランが謎の女の話を聞こうという体勢を作り始めた。
彼女自身突然家に侵入してきた女におびえているに違いないというのに、なんというタフな精神だ。
こいつ女神か?
しかし問題の彼女はというと、特に何かが問題だとは思っていないらしい。
俺の脇に、実に綺麗な正座でピン、と座り込み、不思議そうにこちらをじぃと見つめているではないか。
「……スズが言うならしょうがねえな。ちょっと待ってろ」
今すぐに何かをしでかすわけではなさそうだ。
もしその気なら既に、この食卓には人肉ミンチが並んでいるに違いない。
俺は彼女の視線から逃げるようにキッチンへ向かった。
.
.
.
「スーパー粗茶ですが」
「どうぞお構いなく」
百均で買ってきたお茶(ちょっと酸っぱい)を差し出し、俺は少しだけ彼女の様子を眺めた。
俺が立ち去ってから彼女は一ミリも移動していないようで、実質正面でその視線を受け続けていたスズランは、少し気まずげな表情を顔に浮かべている。
しかし俺が元の位置に座ろうとしたその時、ちょいちょいと手招きをしたので横につき、少し耳を貸す。
「……ねえお兄ちゃん。あ、あたしこの人知ってるカモ……」
「ああ、分かってる。駅前で宗教勧誘でもして」
「ち、違う違う! 探訪者ですっごい有名人だよ!
『あの剣姫』
その声は大分潜めた物言いだったが、俺は確かに目の前の女のケモ耳がピクン! と動いたのを見逃さなかった。
「私のことを知っているのですね」
何ならがっつり食いついてきた。
「やっぱり『剣姫』の
「ええ。巷ではそう言われているようですね……称号も、一応そちらを授かっています」
興奮した様子で話し掛けるスズランとは対照的に、目の前の女……いや、ヒマリは随分と冷めた態度だ。
その物言いはむしろどこか嫌そうにすら感じる。
「へえ、称号持ちか。そりゃ凄いな」
俺は素直に感嘆した。
どうやら宗教勧誘じゃないってのが分かったのもあるが、何より称号持ちってのがなかなかに響いたのだ。
この人のことはまるきり知らないものの、探訪者の中でも業績を上げた人間ってのは称号を与えられることがある。
この『剣姫』もそのうちの一つだろう。
獣人化に称号持ちときたらそりゃスズランが大喜びするのもわかる、探訪者の中でも一握りのとんでもない人物ってわけだ。
こりゃ思ったよりすごい人が来たな。
あとで写真一緒に撮ってもらおうかな、あと握手。
チキンステーキを食いながらスズランの話を聞いていると、彼女は実に興奮した様子で机の上に乗り出した。
「スズ、危ないからやめなさい。怪我したらお兄ちゃん悲しいぞ」
「もーお兄ちゃん本当に知らないの!? この人めっちゃすごいだからめっちゃすごい人だよ!?」
「学生の頃は別に探訪者なんてなる気なかったし、なってからは忙しかったからなぁ……」
まあ本当にすごい人なのは良くわかった。
だがひとつわからないことがある。
「んでその剣姫サマがどうしたんだよ」
横できりりと座り込むヒマリへ視線を向ける。
どこかで見た気がするが、しかし親交が深いとなればさすがに俺だって忘れはしない。
少なくとも親戚にこんな人がいるなんて聞いたことはないし、スズランの反応からして我が家に来たこともないのだろう。
するとヒマリは表情一つ変えず、しかし耳と尻尾をぱたぱたと暴れさせながら口を開いた。
「本当に覚えていないんですか? 私は貴方の屋台で食事を取った、あの日のことを忘れていないのですが」
「……屋台? ちょっと待ってくれ」
俺の中で何か引っかかった。
そうだ、確かに俺は自分の屋台で彼女を見かけた気がする。
店を出すとき見たのか? いや、違うな。
もっと嬉しい事だった気がする。そう、例えば――
「――あ、ああああああ! あの時のっ! うちの唯一のお客様じゃねえかっ!」
そうだ!
この人、俺が屋台を出して一番最初に来た人!
直後に警察に逮捕されたから、正真正銘この人が最初で最後のお客様だ!
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