第21話 鶏肉のレアはやめましょうって話

「――あ、ああああああ! あの時のっ! うちの唯一のお客様じゃねえかっ!」


 そうだ!

 この人、俺が屋台を出して一番最初に来た人!

 直後に警察に逮捕されたから、正真正銘この人が最初で最後のお客様だ!


「やっと思い出しましたか」

「おお、おお! 思い出したよ!」


 正直あの日は初めて店を出す緊張、そしてなによりそのあと警察のおっさんに囲まれた記憶の方が強く、さっきまですっかり忘れていた。

 しかし思い返してみればこの耳、そして尻尾。確かこの目の前に座っている彼女は、あの日初めて訪れた客に違いない。

 となれば彼女が久しぶりと言ったのも頷ける。

 

「いやでも待ってくれ……なんでわざわざ俺の家に来たんだ?」


 彼女が俺を知っていた理由は分かった。

 しかしなぜ俺の家に来たのか、それが問題だ。


 ま、まさかモンスター肉を食わされたことを恨んで……?

 でも確かあの日はちゃんと説明したはず。それにちゃんと食べて満足そうにしていた……よな?


 俺の口にした言葉に、ヒマリは待っていたとばかりにずい、とちゃぶ台から身を乗り出した。



「貴方からは私と同じ匂いがするのです」


 彼女が口にしたのは、俺が想像だにしない言葉だった・


「お、俺とアンタが同じ匂い?」

「柔軟剤が同じとかってことなんじゃないの?」

「違います」


 スズランが一つそれっぽい可能性を上げるも、ヒマリによってあっさり切り捨てられる。


「え? シャンプーとトリートメントの方?」

「違います」


 二度目もついでに切り捨てられた。


 ちなみに風呂で使うものだが、俺は牛乳石鹸を良く使ってる。

 スズランは良く分からないがちゃんとした奴だ、そこらへんはお金を渡して好きなのを買わせている。

 女の子は色々といいのを使いたいだろうからな。


 しかし使ってる洗剤を除いてしまえば、俺とこのスーパーエリート探訪者ヒマリ様で同じ匂いなぞ、まったく思い当たることが無くなってしまった。


 すると彼女は大きな尻尾をぺしりと畳へ叩きつけ、耳をピンと立てて告げた。


「単刀直入に言いましょう。毒島シキミさん、貴方はいわゆる刺激欲求不満スリルジャンキーですね」

「違います」


 とんでもない同族扱いされていたらしい。


「……? なぜ?」

「なぜもクソもないが」

「貴方は火遊びが大好きなのではないのですか?」


 一度しか出会ったことがないはずなのに、俺はヒマリの中でとんでもないインモラルモンスターになっていたらしい。


「嘘でしょお兄ちゃん……」


 横で話を聞きながらご飯を食べていたスズランが、唖然とした顔で箸を取り落とした。


「嘘に決まってんだろ! こんないきなり来た女の話を信じるなスズ!」

「で、でもあの・・『剣姫』さまが嘘をつくなんて」


 くそッ!!

 無駄にこの妙な女の名声が高いせいで、一瞬でとんでもない方向に俺の名誉が捻じ曲げられていくッ!


 十数年かけて築き上げた俺の兄としての矜持を叩き潰したヒマリは、しかし変わらずとぼけた顔つきをしている。

 とんでもないナチュラルボーンモンスターを家に入れてしまったものだ。入れるつもりもなく勝手に入ってきたけど。


 この女を自由にしゃべらせるとヤバい。

 速攻で察した俺は無理やりこの流れを断ち切り、彼女の話を進めさせることにした。

 たたき出すことは実力的に無理なので、どうにか彼女がわざわざここへやってきた悩みを聞き、適当に解決して追い出すしかないと踏んだのだ。


「ああもういい! 俺は別にスリルジャンキーじゃねえけど、とりあえずなんでヒマリ、アンタはそんな同族を探してんだよ!」

「ええ、そうでしたね。ふむ、どう説明したらいいのか……少し長くなりますが」

「ああ……もうお好きにどうぞ」


 身の上話ならまあ俺に爆弾が降り掛かることもあるまい。

 すっかり冷えたチキンステーキを頬張りながら話を聞いてやった結果、端的にまとめてしまうとこうだ。


 武道において名家の生まれであり、子供のころから武術を習っていたヒマリは、ダンジョンが出てからすぐ探訪者になった。

 その技術をもってダンジョンで戦うことはスリリングであり楽しかったが、直ぐに強くなりすぎてあきてしまった。

 そんな最中ぶらぶら歩いていたら見つけたのが俺の屋台だ。


 敢えて猛毒の食材を調理し、毒が抜けてるかわからないのに食べて、ましてや他人に提供までしてしまう。

 これは間違いなく危険を楽しむスリルジャンキーである。彼女はそう確信したらしい。


「色々言いたいことがあるが……俺はモンスター肉の旨さを伝えたいだけだ、アンタみたいなスリルを楽しんでるわけじゃない」

「……そうですか、残念です」


 表情は変わらないものの、先ほどまでぴくぴく楽しそうに動き回っていたヒマリの耳が、なんとも悲しそうにへたり込んだ。

 何か悪いことをしたような気分になるが仕方がない。

 このヒマリという女は悪い奴じゃないのだろうが、どうにもちょっとずれているというか、色々か見合わないところが多くて気疲れしてしまう。


 今日のところはさっさと諦めて帰ってもらおう。


 そう、思っていたのに。


「うっそだぁ~! お兄ちゃん毒抜きしてるときすっごい楽しそうじゃん!」


 スズランの一言がすべてを破壊していった。

 瞬間、ヒマリの耳がピンと飛び上がった。


「ばっ、おまっ!?」

「ほう。ええっと、貴女は妹さんですね? 本当ですか?」

「あっ、あたしスズランって言います! 毒島ぶすじまスズランです! そうなんですよ! お兄ちゃんいっつもモンスターのお肉持って帰ってきて、この前なんか鉄鋼虫の肉でですねー」


 スズランの口をふさごうと思ったがもう遅い。

 ほらやっぱりー! と彼女のケモ耳も調子がいい、間違いなく同族とカテゴリーされてしまっただろう。

 俺は最愛の妹に後ろから刺されてしまった。


「毒島シキミさん、折り入って願いがあるのです」

「はぁ……面倒じゃなければな」


 するとヒマリは実に綺麗な所作で三つ指をついて頭を下げ、願いを口にした。


「貴方の料理を時々ご相伴に預かりたいのです、できれば毒抜き工程にも立ち会えたらいうことはありません。もちろんお礼はさせていただきます」

「嫌です」

「どうぞどうぞ! ね、お兄ちゃんいいでしょ? あたしヒマリさんの話色々聞きたい! おねがいっ!」

「いいですよ」


 嫌だけどスズがどうしてもというのなら選択肢はなかった。



「ねえお兄ちゃん、せっかく来てもらったんだしヒマリさんにご飯出そうよ!」


 話が終わり、ヒマリが百均のお茶を飲みほしたところで、スズランがまた言わんでいいことを言ってしまった。

 待っていましたとばかりにヒマリの耳と尻尾が動き出す、どうやら本人もうまくいけば食えないか、なんて考えていたらしい。


「ほう。それはもしかして先ほどお二方が食べていたものですか?」

「狂い鳥か。まあそれならストックがあるからいいけど」


 興味津々な態度に、こりゃ出さな帰らないなとさすがの俺も察した。


「狂い鳥……ええ、ええ。そのモンスターなら私にも覚えがあります、血や肉には意識混濁の毒が含まれているとか」

「それタンパク質性の毒だから加熱したら消えるんだよ。アンタもあの日食っただろ」


 狂い鳥はEランクダンジョンのモンスターだ。

 亜種的な奴も多々確認されているものの、大体のダンジョンで出てくる奴の性質は似通っている。

 探訪者をやっていれば一度は狩るモンスターの代表でもあり、当然ヒマリもかのモンスターとはずいぶんと交戦しているようだ。


 俺調べの毒講義を興味深げに聞いていた彼女は、最後に耳をぴん、と立てて俺へと告げた。


「なるほど、ではぜひレアでお願いします」

「ダメに決まってんだろアホ話聞いてたんか?」

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