第12話 笑顔の素敵な受付嬢(本人談)
モンスター肉の可能性に気付いた翌日。
「こんちわーっす、レベルチェックと換金お願いしまーす」
俺は探協に足を運んでいた。
もし以前の、つまりスライム爆速狩猟法を知らない俺だったら、正直毎日顔を出す必要はなかった。
朝から晩まで一日中駆けずり回っても、手にした小袋の半分も魔石がたまらないことだって多々あって、当然稼ぎも微々たるものだったからだ。
まあ毎日レベルチェックと換金は欠かさなかったけど。
だが今は違う!
今まで使っていた小袋など、正直二時間もあれば余裕でパンパンになるほどため込むことができるようになったのだ!
ということでいつもの仏頂面なお姉さんの元へ向かい、ミチミチに魔石が詰まった袋を置いて笑いかける。
「……生きていたんですね」
しかし彼女から飛んできた言葉は思いもよらぬものであった。
「えっ!? 死んだと思われてたんスか!?」
「昨日は顔を出さなかったので」
悲報、俺氏死んだことになっていた。
「ゾンビや幽霊じゃないっすよ」
「もしそうなら貴方は私に処分されていますね」
さらっと笑えないジョークまで言われた。
「わお、豪胆っすね」
「私も探訪者だった時期があるので」
本気で言ってた。
これが探訪者互助協会という魔境である。
レベルやスキルなど見た目では測れない要素が多々ある探訪者、十数キロある武器を木の枝の様に振り回す人間も少なくはない。
実際今俺の後ろを通った女の人は大剣を軽々背負っているので、俺が五人襲い掛かっても捻り潰してくるだろう。
人間のふりしたゴリランドである、人間のふりした人間に基本的ゴリ権はない。
命の危険を感じた俺がふと横を見ると、既に計測したレベルが表示されていた。
「おっ、レベル5になってる!」
「随分頑張っていたんですね」
「ええ、まあそうなんすよ。忙しくて顔出せなかっただけっす」
前回、と言っても二日前がレベル3だったはずなのでまさかのレベル2アップだ。
「少し安心しました」
その時彼女の鉄鋼虫の外殻より硬かった顔つきが、ほんの少しだけ緩んだ気がした。
「おっ」
驚きについ声が漏れる。
「笑顔初めて見ました、似合いますね」
それはあまりにレアな体験だった。
この名前も知らぬ受付嬢の彼女が表情を変えることなど、スライム大量狩猟法を見つけたあの日、俺が取り出した小袋を見た時くらいだ。
それにあれだってちょっと目を見開いたくらいで、明確に何かしらの感情が現れたのは今日が初めてだろう。
カウンターに両腕をつき、ついつい反応してしまう俺。
今の笑顔だよな? 違う? 実は威嚇とか、そんなわけないよな?
「え? いつも笑顔で対応してますが?」
「……え゛っ?」
いったい何を言っているんだと言わんばかりの雰囲気で小首をかしげる彼女。
意味の分からない言葉に同じくかしげる俺。
いったい何を言っているんだはこっちのセリフである。
ま、まさか気付いていなかったのか……!?
俺は最初表情がなさ過ぎて何か嫌なことがあったとか、ぶちぎれてるんじゃねえかとか戦々恐々と換金を申し込んだのに!?
「アッ……ワァ……オレチョットお腹いたくナッテきちゃっテぇ……」
「待ってください毒島さん、話はまだ終わってない」
「じゃあ俺もうダンジョン行くんで! お金は口座振り込みでお願いしますねっ!」
なんか今日は妙に調子が悪い、やたらと踏み込んではならぬ領域に足を突っ込む気がする。
嫌な方向に勘が働いた俺は、適当にサムズアップして探協から逃げ出した。
◇
サクサクと草を踏み分けスライムに粉をぶっかける。
スライム爆速狩猟法は今日も健在である。
しかし俺の頭は別のことでいっぱいだった。
受付のお姉さんのことではない。いやまあ衝撃的な事実だったが、それより大切なことがある。
「レベル5、レベル5かぁ……」
一段飛ばしで上がった俺のレベルのことだ。
俺は探訪者になってからこの一か月、朝から晩まで毎日八時間以上木刀を振り続けてきた。
しかし結果から言えばレベルは3止まりで、その状態から既に二週間近く経っている。
それがわずか三日で一気に2のレベルアップ。
仮に3から4へのレベルアップが近かったとして、それでも次の1レベルを数日で上げたことになる。
まさに俺史上最大の快挙と言えるだろう。
「……まあパーティ組めるならもっと早いんだろうけどな」
意味のない仮定が思わず口からこぼれた。
俺はパーティを組めなかった、同期がいなかったわけじゃない。
高校を卒業してすぐ探訪者になったので、時期的に当然似たような奴は割といた。
ならなぜかってと理由は単純で、金がなかったからだ。
探訪者志願をするなら大概の奴は装備をきっちり集めてくる、命がかかってるんだから当然だが。
王道の剣、使い勝手のいい槍、手慣れるまでは長いが強力な弓など、十万ほど払えば量産品の武器や防具を探協で購入できる。
が、俺は無理だった。
俺が高校を卒業した時点で銀行の残高はギリギリ、明日にも水道が止まるレベルまで追い込まれていたからだ。
唯一担げた武器らしきものは、まだダンジョンすら存在しない俺が中学生の頃買った、お土産の何の変哲もない木刀だけ。
装備すらまともに買い揃えられない人間に背は預けられない。
当然だ。装備すら整ってない仲間の負傷で足を引っ張られれば、最悪の場合自分自身の命すら奪われかねないのだから。
薄々は気付いていた事実を申し訳なさそうに伝えられたその日から、俺はダンジョンに一人で潜るようになった。
誰かに迷惑をかけてまで俺は誰かとダンジョンに潜りたくはない。
「……っても、いつかは誰かと潜ってみてぇけどなぁ」
しかし既に新年度から一か月以上たっている。
新しく入ってきたやつらは大概組み終えているだろうし、メンバーを探すにはさすがに遅すぎた。
どちらにせよまずはまともな武器を買わなくちゃ話にならない。
所詮木製とはいえこの一か月間木刀を振り続けてきたので、俺が買うならたぶん刀になるだろうか。
もちろんまともに鍛造されたものではなく、鋳造で軽く刃を付けられただけのものだろうが、それでも木刀との攻撃力は比べ物にならない。
「んまぁ、そのためにもお前らにはここで果ててもらうぞッ!」
草をかき分け見つけたスライムを見敵必殺。
そのためにも俺はスライムを大量狩猟しなくてはならない。
鉄鋼虫はあまり積極的に狩る気がない。スライム二匹分は粉を吸わせないとキマらないし、なによりスライムより数が少ないので探す手間を考えれば効率が悪い。
確かスライムの魔石は125円が基準値、鉄鋼虫は200円くらいだったかな。
鉄鋼虫一匹倒す間にスライム五匹は行ける、今日の夕食分の鉄鋼虫肉は確保したし、たまに自分から寄ってきたやつを倒すくらいだ。
「ふぁー……なんかスライム今日は少ないなぁ」
ぽかぽかとした日の下、草をかき分け大きくあくびをする、
鉄鋼虫は何もしてこないし、危険だが動き自体は遅いスライムならば、間違えて踏んだり全身から突っ込むでもなけりゃ、攻撃的なモンスターの居ない西スライム丘は安全極まりない。
そのうえ今日は何か数が少ないときたらあくびのひとつも出るというものだ。
暇だ、慣れてきたから余計に暇だ。
しかしスキルの舞う派手な探訪者らしい戦いにあこがれはあるが、こうやってスライムを狩るだけの日々も悪くないのかもしれねえなぁ。
適当に毎日数時間スライムを狩って、残りの時間はモンスター肉の研究にでも……
「ふぁぁ……」
頭の後ろに両腕を回し、空に向かって今日何度目かわからない大あくび。
適当に左右を見回し……なんかみたくないものが目に飛び込んできた。
木だ。
この丘にはまばらに木々が生えているが、そいつは様子がちょっとおかしい。
その太い幹の上側、俺の頭をとうに越す位置の樹皮が大きく剥かれている。
「――あ゛っ」
一瞬で眠気が消し飛んだ。
「やっっっっっべ」
右、左、まだ大丈夫か! ばれてないか!?
俺へと向かう影は見当たらない。
だが気は抜けない――
「ここ
――俺は既に、危険地帯へ足を踏み込んでしまったのだから。
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