第9話 鉄鋼虫のお味はうまみのダイナマイト

「まて、まだ戦いは終わっちゃいない」

「終わっていいよ……」


 スズランの細い腕を握りしめ俺は力強く笑う。


 面白くなってきた、やっぱりモンスター肉はこうじゃねえとなぁ!

 壁はちょっと高いくらいが挑戦しがいあるってもんだ!


「スズ、そっちの鍋に火つけといてくれ!」

「これ?」


 指さす彼女に頷く。

 既に一度沸騰させているため、スズがコンロのスイッチを押してすぐなべ底からふつふつと小さな泡が上がってくる。

 毒抜きが前提となるモンスター食だ、当然既に準備はあらかた済ませていた。


「どうするの?」

「とりあえず茹でこぼす。それで食ってみてどれくらいえぐみが抜けるかだな」


 換気扇と横のドアを全開にしながらスズランへ笑いかける。


 毒抜きには様々な方法があるが、何よりも王道なのはやはり茹でこぼし、たっぷりのお湯で煮込むことだろう。

 加熱で細胞を壊し、食物の中から毒を水へと溶かしこんでしまうのだ。


 お湯が沸き上がるのを待つ間、鉄鋼虫の肉を数ミリほどの幅に薄く切りつけていく。

 しっかりとした肉感は包丁の刃が食い込んでも健在で、切れ端からすらぷりぷりとした柔軟さを備えた弾力を主張してきた。

 すると丁度鍋も湧きあがった、少し火力を上げ一気に鍋へと肉を放り込んでいく。


 薄い分味は抜けるかもしれねえけど……とりあえず毒を抜かねえと話にならねえしなぁ。


「どれくらい茹でるの?」

「10分くらいだな、そのあと水に晒してお試し」


 火が入った瞬間、鉄鋼虫の透き通っていた肉がふわりと白く変わる。

 しかも筋繊維がずいぶんと太いらしく、まるで花やタンポポの綿毛の様にふわりと広がったではないか。


 こういうところもエビとかカニっぽいんだよなぁ。


 果たしてダンジョンに一般的な動物のソレが通じるのかは知らないが、実はダンゴムシとエビは近い種類なので少し納得感もある。


「じゃあちょっと洗濯物干したりしてくるから、スズは火みててくれ」

「あ、うん」


 探訪者はやはり野山を駆け回っているようなものなので、色々と洗濯物が多い。

 それにここ数日は使っていないが木刀もしっかり洗わないと、スライムの酸などでぐずぐずになってしまうことも多いし、靴やバッグのメンテナンスは命綱だ。

 帰ってきてからもすることが多い。


「ふぁぁ……」


 妙に火照った体・・・・・・・に風が心地いい。


 バンッ!


「お、お兄ちゃん! ねえなんかすっごい泡立ってるけど!」


 すっかり落ちてきた西日を受けながら裏庭で木刀を洗っていると、スズランが慌てた顔つきで扉を叩き開け現れた。


「おお、ヨシ! 今から行くわ」

「何がヨシなの!?」


 すっかり動転したスズランをなだめながら台所へ向かう。

 コンロを覗き込むと火が消えていて、彼女が言った通り確かにもうもうと真っ白な泡が鍋から吹き上がっていた。

 横のテーブルでシャーペンと宿題だろう、ノートが乱雑にほっぽられているあたり、相当驚いて慌てふためいたようだ。


 これは運がいいかもしれない。


 泡をほんの少し掬って舐めてみた俺は、先ほどの異常なえぐみを舌の先にびりびりと感じ、かるく餌付きながら口角を吊り上げた。


「おぇっ、まあまあ、おぇっ、みてなって。ぷるぇっ」

「自分の姿見てみなよ、一ミリも信用できる要素ないから」


 蛇口を全開にして冷たい水を流しながら、鍋の中身をひっくり返し準備しておいたざるで肉を受け取る。

 ついでに口もすすぐ、さすがにキツイ。


「お、すげえな」


 残ったお湯を流水でしっかりと流しながら、肉をつんつんと箸でつつき俺は呟いてやいてしまった。


 驚いたことにかなりしっかり煮たにもかかわらず、鉄鋼虫の肉は先ほどお湯に入れた時とあまり大きな変化がない。

 縮みも少なく、少し触ってみたところぷりっとした弾力が帰ってきた。


 こんな薄い肉でこんなことまずありえない、きっと豚肉ならゴムの様になっていただろう。

 もしエビだったら繊維っぽくて硬くなっていただろうし、鳥なら唯の繊維間違いなしだ。


「ああそうだ。スズ、流しの皿みてみ」

「お皿って……あ、すっごいぴかぴかになってる。これまだ洗って無かったよね?」


 スズランがひょいと一枚の皿を持ち上げた。

 それは俺が昼に焼うどん(材料はキャベツのみ)を食べた後だが、当然油汚れが張り付いていたはずだ。

 しかし彼女の言う通り、その皿はまっさら綺麗なもので汚れ一つない。


「さっき茹でた水が泡立っただろ?」


 汗を拭いながら・・・・・・・俺は仮説を唱えた。


「たぶん鉄鋼虫の肉にはサポニン、石鹸みたいな成分が含まれてるんじゃねえか」


 サポニンは身近な奴だと豆とか、変わったやつだとウニやナマコに良く含まれている成分の総称だ。

 大量に含まれている木の実はソープベリーと呼ばれ、実際に昔は石鹸として使われていたくらいには泡立つ・・・

 そしてめちゃくちゃに渋くてクソまずいし、当然大量に摂取すれば死ぬ。


 そう。

 さっきの味見、そしてスズランの『すっごい泡立ってる』という報告で、俺はこの鉄鋼虫の毒成分に当てがついていたのだ。

 もしかしたら別の成分かもしれないが、まあ似てるのでサポニンでいいだろう。


「石鹸? じゃあそんなのやっぱり食べられないんじゃないの?」

「いや、もしその手の成分なら水溶性だからな、何度か茹でれば食べられるはず。他の毒性もあるかもしれんし試しつつだけどな」


 ざるの上で水を切られた肉、その一枚をつまみ上げ端っこをちぎり取る。

 俺がぎゅっと噛み締めるとしっかりと反発し、それでもなお力を加えるとパツン、と簡単にはじけ――


「……大分ましになったな」


 まだ口の上にはえぐみがあった。

 近いもので言うとゴーヤだろうか、ソレの1.5倍くらいのえぐみが口の上でタップダンスしている。

 肉の味など分かりもしない。


 さて、どうしたもんかと腕を組む視界の端で、細い指先がそーっとざるの上に向かうのを俺は見逃さなかった。

 パチン、軽いデコピンと口をへの字に曲げるスズランの顔。


「一口くらいいーじゃん!」

「だーめ。まだ旨くないぞ、それに他に毒成分があるかもしれないしな」


 一度水を切った肉を再び鍋へ戻してたっぷりの水を張り、その上からちょろちょろと水道から水を垂らす。

 夕飯まであと一時間は余裕がある、これで念押しのあく抜きだ。


.

.

.



「ねえお腹すいたー! ごはんー!」

「おっ、そうか」


 時計の短針が七を指し示す頃、スズランが机をドコドコと叩きながら騒ぎ出した。

 将来は太鼓の達人かもしれない。


 実は今の今まで様子を見ていたが、俺の体には特に変化がない。

 特にしびれ、吐き気、その他異常な症状がないあたり、おそらく先ほどので毒抜きはある程度完了していると考えてよさそうだ。


「じゃあメシにするか! 今日は俺が作るぞ!」

「やったー!」


 ちゃぶ台から立ち上がった俺の後ろにひょこひょことくっついてくるスズ。

 二人して台所へと入り、再び相まみえた鉄鋼虫の肉片を水中から一つつまみ上げ、今度は先ほどより大きめに切った肉片をしっかりと噛み締め――


「――甘い!」


 口の中に広がるのは生の甘えびに似た、まったりとした甘みだ。

 それに加熱した甲殻類の濃厚なうまみもしっかり感じる。

 信じられないがこれでも一度しっかり茹でこぼし、その上で二時間近くしっかり水に晒していたのだ。

 


 全然味が抜けてねえ、うますぎる……!

 うそだろ、明日から西スライム丘がビュッフェにしか見えなくなっちまうぞこれ……!


「ほんと!? わたしも! ねえ私も!」

「ご飯の後でちゃんと毒消し飲めよ」


 一応の警告と一緒に一切れ彼女へ差し出す。


「うっ……ま……」

「その顔あんまり外でするなよ」


 口調、そしてぽかんと口を開いた表情はあまり世間に見せるには恥ずかしいものだった。


「はっ! 今日は何にするのお兄ちゃん!」


 再び現世に戻ってきたスズランは、当初あれだけイヤっそうな顔つきをしていた本人とは思えないほどきらきらとした目をしている。

 まあ仕方がない。

 正直あまりいい生活をしてるわけではない俺たちが食うには、鉄鋼虫の肉はちょっとあまりにうますぎた。


 ちなみに今日のレシピはもう俺の脳内で決まっている。

 このいくら濃厚なうまみに負けない味、育ち盛りのスズランがしっかりとご飯を食べられるレシピ



「今日のご飯は本格エビチリ、ダンゴムシ風味だ!」



 しっかり油のなじんだ中華鍋を握りしめ、俺は宣言した。


「……ダンゴムシ風味って、なんかその、食欲が」

「じゃあ食べなくていいですぅー!お兄ちゃんだけで全部食べますぅー!」

「ごめんって!」

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