第7話 別に懐いたわけではない
朝の七時。
「悪いスズ! お兄ちゃん先にダンジョン行くから、学校行くときに鍵だけはしっかりかけてな!」
スズランの部屋に声をかけると寝ぼけているのか、『はい』、とも『いいえ』ともとれないような声が帰ってくる。
俺ははやる気持ちを抑え握り慣れた木刀、鞄を背負い自転車へと飛び乗った。
いつもならレベルチェックついでに行くダンジョンを決めるため探協へ足を運ぶが、今日は向かうべきところがある。
西スライム丘、昨日俺がスライムを乱獲したダンジョンだ。
「よっしゃみっけ!」
ダンジョンへ侵入早々に見つけたスライム。
俺は嬉々としてバッグの中からガラス瓶を取り出し、そいつの頭上から中の粉を思い切りぶちまけながら目をつむり祈った。
実は一晩経って興奮が収まったことで、俺の中にふつふつと不安が沸き上がってきてたからだ。
もしかして昨日のは夢だったのではないか? 夢じゃないとしてもたまたま上手くいっただけじゃないのか? と。
想像以上にうまくいってしまったからこそ、俺の小さな心は猜疑に飲み込まれてしまった。
なんたって俺は昨日、一か月かけて開いたばかりの店が五分で廃業になってしまったばかりなのだから。
頼む。
「――よし、よしよし!」
粉をかけられた途端、全身がさらさらと崩れていくスライム。
それは間違いなく昨日何度も見た光景で、やはりスライムは中心核の粉を振りかけられることで手軽に倒せた。
当然のことだが、それでも夢でなかったという安堵が身を包む。
一度安心感さえ得られればあとは流れ作業だ。
右へ左へ、スライムの全身が崩れるのなど待っていられないとぶっかけては次へ次へ。
周囲にスライムが見当たらなくなってから元の場所へ戻り、核と魔石だけをひょいひょい拾い集めていく。
「あれ? ここでさっき掛けなかったっけな」
調子よく進んでいたスライム版図だったが、はたと足が止まった。
確かここらへんでスライムに核パウダーをぶっかけたと思ったが、はて気のせいだったのか。
なにせこの広い草原には延々と似た草が生え広がっている、見間違えてもおかしくはない。
木刀でちょいちょいと周囲の草をかき分け、右か、それとももう少し左だったか、と倒した痕跡を探している最中、
「うおっ!?」
デカくて黒い虫の顔が現れた。
「なんだ鉄鋼虫か……ビビらせんなって」
ヤツは俺のことなど歯牙にもかけず、草をかき分け現れた鉄鋼虫はのそのそと脇をすり抜け、再び草の中へ姿を消していった。
実は先ほどから似たようなことが三度は起きているのだが……
「気のせいか?」
なんだか周囲に鉄鋼虫が多い気がする。
普段それほど気にかけたことのないモンスターの姿が、やたらと視界にちらつくことに俺は少し首をひねった。
鉄鋼虫はスライムよりレベルが高いが、その分数は少ない。
それにダンゴムシのような見た目から想像できるように、動きもスライム以上に遅く、集団で行動をしているだなんて見たことも、そして聞いたこともなかった。
「三、四……五匹、か。たまたまかな」
大体半径五メートルくらいの範囲に五匹の鉄鋼虫、草が大きく潰れているのでどこにいるのかなどは一目でわかる。
鉄鋼虫自体が大分大きいため少し圧迫感を感じるが、いやしかしこの程度ならおかしくは……ない?
たまたま密集している場所に踏み込んじまったかな。
サクサクと草を踏み抜き、今度ばかりは周囲をしっかりと確認する。
鉄鋼虫は……いない!
自発的に攻撃してくるわけじゃないが、それでもあんなデカくて重い塊に取り囲まれれば、誰だって多少は恐怖を覚えるのは仕方がない。
深々と安どのため息をつきながら、再びスライムの頭頂部に
「やっぱり気のせいじゃねえ!」
再度感じた違和感に顔を上げ叫んだ!
また鉄鋼虫たちが集まってきてる! しかも今回は間違いなんかじゃない、明らかにこっちに向かって寄ってきている!
しかもいつもより明らかに移動速度が速い!
「くそっ、なんなんだよもう!」
木刀を握りしめ俺は怒鳴った。
探協じゃ鉄鋼虫が集団で行動したり、ましてや自発的に探訪者へ寄ってくるだなんて聞いていない。
苦手なダンジョンだったとはいえ西スライム丘は家からも近く、俺自身以前から何度も足を運んでいるけれど、鉄鋼虫がこんな積極的に近づいてきたことなどなかった。
普段の二倍ほどの速度で近づいてきたそいつらは、目の前の俺――
「……ん?」
は一瞥もせず、今倒されたばかりのスライムへと一直線に近づいていく。
鉄鋼虫は今にも空気中に溶けていく粉へと群がり、まるでたまらないごちそうを目の前にしたかのようにとびかかった。
その姿は一種のジャンキーにも見えるほどで、粉がすっかり消えてしまってもなお、やつらは物足りないというように地面をもそもそと食んでいる。
「もしかしてこいつら……ずっとスライムを狙ってたのか?」
試しとばかりに今ちょうど横へ現れたスライムへ粉を振りかける。
すると先ほどまで熱心に地面を舐めていた虫たちが、突如方向を変えて俺の脇へと一心不乱に走り出したではないか。
「なるほどなぁ、こんな特性があるなんて」
目の前でハッピーパウダーをキメてる虫の背中をべちべちと叩く。
やはり俺になんぞ一ミリの興味すら湧いていないようで、彼は特に何の反応も返さない。
俺もお前と同じキメフレンズだというのに何とも冷たいものである。
どうやら俺が同じような場所でスライムを狩り続けたことで、やつらの好物であるハッピーパウダーの匂い(?)が周囲に拡散し、どんどん集まってきているらしい。
昨日は俺自身ハイになっていたし、なによりテンションが上がったままあちこちで粉を振りまいていたため、あまり鉄鋼虫が目に入らなかったのだろう。
「しっかし困ったなぁ、これじゃ今日一日こいつらに付きまとわれるのかぁ」
西スライム丘は人気がないダンジョンだ。
なんたって本来スライムは弱いのにだるいモンスター筆頭で、鉄鋼虫は硬くて適正レベルではまともに倒せない。
当然今日も俺以外にここを訪れた探訪者は一人もいないのだから、このままスライムを倒し続ければ必然、俺は延々とこいつらに付きまとわれるだろう。
頭の片隅で考え事をしつつ、ぼーっと鉄鋼虫がスライムの残骸を捕食している姿を眺めていると、なんだか少しだけこいつらがかわいらしく見えてきた。
先ほどは少し焦ったので空恐ろしく見えたけれど、まあ見た目はデカいダンゴムシだ。
キモさとかわいらしさが共存する、なるほど、これが世にいうキモカワというやつか。
「ん? もっと吸いたいんか? しょうがねえなぁ」
すっかりスライムを吸いつくした鉄鋼虫の内、何匹かが俺の足元へと寄ってきた。
俺がスライムを手軽に倒せると気づいたらしい。
仕方ないので地面に転がっていた核を持ち上げ、適当に近くの草むらにいたスライムを木刀で引っ張りよせ、目の前で核の粉を振りまいてやる。
正直池の鯉に食パンを上げてる気分だった。
「気持ちいいか鉄の助、鉄太郎? いっぱい吸えよー」
なんなら勝手に適当な名前を付けていた。
これがアニマルセラピーというやつか。
うーん、でもやっぱキメえなこいつら。
色々希望が見えたからかもしれない、穏やかな気持ちでキモい食事姿を眺めていた俺の目の前で、突如として奇妙な事態が発生した。
「て、鉄の助ェ!?」
突如として鉄鋼虫の一匹がくるりと丸まり、そのままひっくり返ったのだ。
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