第6話 衝撃の稼ぎ
「はぁ……」
自転車をこぎながら深々とため息をつく。
理由はもちろん、つい先ほどまでの俺のテンションだ。思い返すだけで頭痛がする。
なにが『俺はスライム界のキングだ!』だよ、冷静に考えて意味わかんねえ。
完全に脳みそのねじ切れ飛んでたわ。
「こんちわーっす」
見慣れた自動ドアを潜り抜け探協へと滑り込む。
時刻は六時のちょっと手前。閉会時間ギリギリにどうにか滑り込むことができたようで、一人窓口で書類の整理をしていた女性の元へと向かう。
「換金お願いします」
「はい、
いつも仏頂面の受付のお姉さんだが、俺が取り出した小袋を見た瞬間に表情が変わった。
小袋がパンパンに詰まって、今にも魔石が零れ落ちそうになっている。
実は俺は毎日この時間帯に滑り込んでいるので、俺の換金対応をするのは大体彼女なのだ。
それ故普段俺が持ち込む魔石の量も十分に把握している。
その量、この小袋にしておおよそ三割程度。
こんなパンパンに魔石を詰め込んで俺がこの場所に立ったことなど、この一か月間で一度もない。
「随分と大量に集めてきましたね、どなたかとパーティを組んだのですか?」
あまり表情の変わらない彼女の、しかし少し興味深げな目線にあいまいな笑顔を浮かべ返す。
カチコチと決まったリズムで進む時計の音に耳を傾け待つこと数分。
奥へ下がった彼女は、トレーの上にすっかり空になった小袋と、数枚のお札や小銭を入れ戻ってきた。
「換金結果が出ました、スライムの魔石が122個で1万5250円です」
「はぇ?」
バカみたいな声が自分の口から出た。
実際バカみたいな顔つきだったとも思う。
「どうしました?」
「い、いや何でもないッス」
ポーカーフェイスのまま貰ったお金を財布に詰め、いたって冷静な足取りで自動ドアへ向かう。
静かにドアが閉まり、わずかに感じる熱気がもわりと身を包み込み――
「ぃやったぁぁぁ!」
俺は拳を天へと突き上げた!
1万5千円。
数値にしてみれば大したことは無いかもしれない、けれど俺が一日に稼いだ額としてはぶっちぎりの一位だ。
今までの最高金額は確か8千円と少しだったか。
しかも朝からダンジョンに潜って、最低限の休憩以外ひたすら戦い続けて8千円だ。
たった数時間でこの金額を稼ぐことが、俺にとってどれだけ大変なことなのか分かるだろう。
ダンジョンのモンスターは一日もすれば復活する。特殊な死に方をするスライムはともかく、倒した体も一日すれば消え去ってしまう。
外に持ち出せば消滅は避けられるが、わざわざモンスター肉を食う俺みたいなやつ以外はしない。
つまりどういうことか?
「これで……これで安定して稼げるぞ!」
喜びのままに自転車へ飛び乗り、少しだけ疲労感を感じる足でペダルを強く踏み込む。
数時間でこの稼ぎだ。
毎日朝から復活するスライムたちを狩っていれば、安全かつ確実、その上スズを大学に送れる程度のお金は十分に貯められるはず。
スズは俺の三歳年下で、今年高校に入学したばかりだから三年間の余裕は最低でもある。
「おやじ、おふくろ、何とかなりそうだよ」
顔を見せ始めた星々を追い抜きながら、胸元から取り出した懐中時計にささやく。
おやじとおふくろは去年死んだ。
買い物中にダンジョンが突然周囲の空間を取り込んで広がる、改変拡張現象ってのに巻き込まれたらしい。
電話越しに聞いたときは冗談だって思ったし、実感が湧いてからは足元から吐き気と寒気が登って止まらなかった。
でもすぐに感じなくなった。
バカだった俺は遺産の大半を親戚に持っていかれたからだ。
おやじ達が死んでから優しくしてくれたから、すっかり信じ込んで言われるがままにしていた。
だからこの懐中時計と、家以外に俺たちは何もない。全部俺のせいだ。
こんな救いようのない俺に、どこかの親戚に預かってもらうこともできたスズはついてきてくれた。
俺を信じている、って。
すっかり暗くなってしまった道を通り抜け、俺を導くように光る玄関ライトの前で大きく胸を張る。
いつものように最高の笑顔、いつものデカい声。
これがスズランの知る『毒島シキミ』だ。
「ただいまスズ! 愛しのお兄ちゃんが帰ってきたぞー!」
「遅いよお兄ちゃん!」
「わりわり、でも今日の稼ぎはすごいぞ!」
でも、いや、だからこそスズランだけは必ず大学に入れる。
バカな俺のせいでアイツの大学費用まで無くなっちまったなら、その分俺が稼げばいい。
俺みたいなやつに
俺は靴を脱ぎながら、玄関で怒り心頭の面持ちで腰に手を当てているスズランへ、財布の中身を見せつける。
そこにあったのは今日稼いだ1万と5千円。
探協では報酬を銀行へ直接振り込むこともできるが、この今までにない最高の稼ぎをスズランへ見せるため、今日はわざわざそのまま持って帰ってきた。
「お、お兄ちゃん……盗みはだめだって、警察いこ? 私もつきそうから、さ」
「本当に稼いだんだ! お前はお兄ちゃんを疑うんか!?」
スズ、俺のこと本当に信じてくれてるよな?
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