第4話 ピンチはチャンス
坂道を乗り越え、少し整備の行き届いていない道路をママチャリで駆け抜け、俺は林の中に拵えられた一つの門の前に立っていた。
見た目こそさびれた黒く小さな門だが、恐ろしいことに周囲には警戒色のロープやチェーン、そして雨風で傷んだ木製の看板にはこう書かれている。
Eランクダンジョン『西スライム丘』、と。
大層な言い方をしたが大したことはない。
ダンジョンは高山草原灼熱地獄と色々あるが、共通していることが一つある。
出入り口は門や扉、ポールなどなにかしら空間を隔てるようなもので出来ていて、それはあまりに似つかわしくない場所に存在する、ということだ。
つまり変なところに扉とかがあったらダンジョンの出入り口である、当然こんな人が付かない場所にある謎の門もダンジョンの入り口ってわけ。
「あーっと、おじゃましまーす」
門を乱雑にガラガラと引っ張って一歩足を踏み入れた瞬間、先ほどまでのちょっとした林から大きく風景が入れ替わった。
大体俺の膝くらいの高さだろうか、つんつんと細長い青草が一面に広がったそこは、緩やかな勾配とともに一面に広がっている。
『西スライム丘』、その真の姿だ。
「ン
入り口近くにいた一メートルほどある
「お、いたいた」
サイズとしては大体風呂場の桶くらいだろうか。
ずりずりと這い回るこいつらは見ての通りノロマで、よっぽど気を抜いていない限り攻撃も当たらない。
そして中心に見える青い核、こいつを傷つければ一発で倒せる。
ほんならば倒すのは簡単か、と言われると困ったことに違う。
もし俺が剣を……ちゃんとした斬撃武器を持っているのなら、この粘液を切り裂いて簡単に倒せただろう。
しかし残念なことに俺のメインウェポンはこの中学生の時に買った木刀一本、当然振っても切り裂けないし、それどころか体液がはじける。
そう、あの触れば皮膚が溶けたりしかねない超強力な酸性の体液が、こっちに飛び散ってくることもあるのだ。
だから俺の戦い方は――
「そいっ! おひょーっ!」
一発殴って即離脱っ!
急いで地面を転がった俺の横で、はじけた体液がじゅう、と草の表面を焦がした。
ひぇええ! いつ見ても怖えっ!
急いで飛び起きた俺の視界に入ったのは、先ほどからほんのちょっとだけこちらに近づいているスライム。
その姿に大きな変化はない――が、一回り小さくなっていた。
「よしよし」
今日もうまくいっているな、とにんまり笑う。
そう、つまり俺の戦い方はこんなものだ。
殴れば殴るだけスライムの体は小さくなる。最終的には粘液の部分が薄くなって、殴ろうにも届かなかった核に木刀が触れるってわけ。
なんとも地道な作業だが仕方ない、俺にはいい武器を買う余裕もないのだから。
「おらよっと!」
十分ほど経っただろうか。
時分を見極めた俺の薙ぎ払いによって、カコーンと実に子気味の良い音が丘へと響いた。
なぜスライムは核を傷つけられると即死するのか、その理由がこれだ。
スライムの核は二重構造になっていて、薄くて少し硬い外殻の下には蒼い第二層目の中心核がある。
どうやら外殻は体液と中心核が触れることで出来ているらしく、体液と核を隔てる壁になっているらしいのだ。
そう、つまりこの外殻は俺がさっき吸っていたハッピーパウダーと同じ成分で出来ている。
ある日こんな感じで戦っていた俺はたまたまこの核の構造を知り、好奇心から触れたり舐めたりしてみたことでこの粉がハッピーになれると気づいたのだ!
ほんならわざわざ危険な体液と核を運ぶより、この外殻を粉にして運んだ方がいいと思うかもしれない。
しかしわざわざ別に運んでるからには意味があって……
「あーあ、もったいないなぁ」
俺の目の前でさらさらと砂粒の様になっていくスライム。
やつがいたそこには小指の爪ほどの黒い石、俺の貴重な収入源である魔石だけが転がっていた。
分かっていたとはいえ惜しい気持ちはどうしても残る。
そう、核を傷つけて倒したスライムは、なぜだかこんな感じですぐに消えてしまうのだ。
だから粘液を確保するには生きてる状態で粘液を採取しなくてはならないし、倒したら急いで粘液が触れていない部分の核を採取しなくてはならない。
見ての通りこれが非常に面倒なので、俺はハッピーパウダーを特別な時にしか使わないようにしている。
今日? 今日は夢が破れたので
「うーん、一応核だけでも集めとくか」
どんどんと砂状になっていく中、どうにかまだ砂になっていない核の部分へガラス瓶をあてがい、触らないよう一気に押し込む。
粘液に触れなければ核は砂になって消えない、逆もまたしかしということでこのように採取をしているのだ。
これでよし!
粘液は別のスライムで集めよう。
しゃがんだまま背後のリュックへ手を伸ばし――風とも違う、草の擦れる音に違和感を感じた。
「うわっ!」
スライムに囲まれている!
五匹、六匹、いやもっとだ!
俺は驚きのあまり手にしていた瓶を足元へと落としてしまった。
だらりと汗が頬を伝った。
まずい。
いくらノロいスライムと言えど、何匹にも辺りを囲まれてしまえば足の踏み場がない。
靴は靴族がある分多少酸に強いだろうが、はたして何度も踏みつけて耐えきれるだろうか。
もちろん素足で踏んづけてしまえば終わりだ。一度間違えて手のひらに体液が垂れたことがあったが、恐ろしい激痛に慌てて流水で洗い流したものの、大きな火傷痕が残ってしまった。
どうする?
あわてて周囲へと視線を走らせる。
隙間は少ないがどうにか足のやりようはあるか? でもスライムたちがどんどん体を広げている、隙間を埋めるつもりなのか?
「くそっ! 今日はついてねえなァ!」
一か月かけて開いた屋台は廃業になるし!
こうなればもう覚悟を決めるしかないだろう。
多少火傷を負おうとどうにか逃げて、探協で回復魔法を使える人に治療してもらうしか道はない。
ここは男を見せろ毒島シキミ!
廃る男もないが命を捨てるにはまだ早いっ!
そう、なんたって……なんたって俺はっ!
「俺はモンスター肉の旨さを世界に広めてついでにスズを大学へ送る予定の男だぞっ! うおおおおおお……お……お?」
いざ地獄を往かん。
すっかり覚悟を決めた俺の視界に、この危機的状況を打開しうる異常な現象が飛び込んできた。
「お、おお?」
何もしていないのに、目の前にいた一匹のスライムが端から砂になっている。
それは核を傷つけられて倒されたスライムに起こるのとまったく同じ状況で、もちろん何か剣で切り裂かれたり、弓矢が突き刺さっているわけでもない。
急いで周囲を見回すがもちろん人影はなし、俺だって攻撃していない。
「なんで?」
木刀を握りしめて呟く。
意味は分からないが、つい先ほどまで目の前にあった絶望的状況に一筋の明るい光が差し込んだ。
なぜ即死したのかさえ分かれば、もしそれを再現することができるのなら、俺は無傷でスズの元に戻れるかもしれない。
じわりとスライムたちが近づく絶望的な状況の中、わずかなチャンスを逃すまいと俺はない頭を必死に巡らせた。
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