第3話 もし簡単に敵を倒せる方法があったらなぁ~!
家に着くころにはハッピーパウダーによる高揚感も随分と落ち着き、すっかり平常心に戻っていた。
居間のちゃぶ台へ腰を据え、スズが運んできてくれたごはんとみそ汁を見て、はたと時計へ視線が向く。
てっぺんからちょっとずれている、どうやら警察署であれこれやっているうちにもう十二時を過ぎてしまっていたらしい。
「もうこんな時間か、いただきます」
通りで腹が減っているわけだ。
署でかつ丼喰いたかったぜ。
悲しい目で具のないみそ汁を啜っていると、スズは随分怒り心頭で机に手をつき、薄い茶髪をたなびかせてこちらへと身を乗り出してきたではないか。
「そうだよ! せっかく日曜日の昼なのに、いきなり警察から電話かかってきたときは本当に心臓止まりかけたんだからね!?」
「スズ……そんな乗りだしたら危ないぞ。お前が怪我したらお兄ちゃんは悲しい」
「そうじゃないでしょ!? ……はあ、もういい」
あきらめたように座り込み、やけっぱちのように勢いよくカップの白湯を飲みほすスズ。
「学校はどうだ? 何か足りないものがあったら言えよ」
「大丈夫」
「本当かぁ?」
「なんでそんなに疑り深いの!?」
スズは体が弱いが、その代わり頭がいい。
ほしいものがあろうと勝手に我慢してしまう性格だし、彼女の大丈夫は大体あてにならないと、この長い兄妹付き合いで俺は十二分に理解している。
買ってやりたいものはいくつも思い浮かぶが、いかんせん探訪者としてもレベルが低く、魔物喰い亭がつぶれてしまった今屋台としてやっていくのも難しい。
すまんがもう少し我慢してくれ、という俺の力強い目線に気付いたスズランだったが、しかしなぜか慌てたように話題を変えた。
「お兄ちゃんはこの後どうするの?」
「ああっと……屋台の片づけしてから、
国際組織と言ってもそう煩雑な手続きがあるわけでもなく、基本的にはダンジョンのモンスターから確保した魔石、情報提供や税金の手続き……まあ要するに現代版冒険者ギルドみたいなもんと思えばいい。
今の俺の収入は最低レベルのEランクダンジョンに潜り、魔石を探協で売ることで確保されているのだ。
みそ汁とご飯を一気に掻き込み立ち上がり、大きく伸び。
貧乏暇なし、そしてモンスター肉を広めるという夢のためにも止まっていられない。
「ごちそうさま、じゃあ行ってくるわ」
壁に立てかけられていた五百円の木刀を片手に握りしめ、俺はスズへと声をかける。
「無理しないでね」
玄関で心配そうに見つめるスズへ手を振り、颯爽と俺はママチャリへ跨った。
◇
国際組織なだけあって探協の施設は大分きれいだ。
真っ白い壁にずらりと並んだ装置や受付の人、ともすれば間違えて役所にでも入ってしまったのかと思うような風景が広がっている。
「レベルチェックお願いしまーす」
探協に入って早々、受付のいつも仏頂面なお姉さんへと話し掛けて指先を装置へと突っ込む。
簡素な液晶に表示されたのは『3』、これが今の俺のレベルだ。
ステータス……なんてものがあればよかったのだが、少なくとも今はモンスターを倒すことで体内に蓄積された、総魔力量を確認するこの形式が主流である。
おおざっぱだとは思うがこれでも大事で、自分が挑戦するダンジョンのランクを見極めるためにも毎日のチェックは欠かせない。
実は一度きりだが手軽にチェックできる確認用紙、永続的に使えてモンスターのレベルも確認できるポータブル機器も存在はするのだが、いかんせんどちらもとんでもない高級品で、今の俺には手出しできそうにない。
「今日はどこ行こうかなぁ」
受付の横に置かれた紙を一枚貰い、俺の布団より柔らかいソファへと腰を掛けて広げる。
そこに描かれているのはこの街を中心とした周囲の地図、そして目立つ赤で各ダンジョンの名称とランク、地点が描かれていた。
そういやさっきハッピーパウダー使ったから、スライムのストックがずいぶん減ったんだったな。
スライムの体液も核を砕いた粉も結構危険物なので、できればあまり大量に持ち運びしたくないのだ。
「んじゃ西スライム丘にするか」
西スライム丘。
ダンジョンにはランクという大雑把な階級分けがあるが、ここはレベル1から10までのモンスターが現れるEランクに振り分けられている。
文字通りスライムと、
そのうえ装甲はやたらと硬くてスライムの体液でも溶けないので、今の俺には手出しができないのだ。
スライムも攻撃時に酸性の体液が飛び散るため、かなり不人気なダンジョンとなっている。
ハッピーパウダーは好きだけどスライムは俺もあんま好きじゃねえんだよな、木刀で殴ると飛び散るし。
鉄鋼虫もちょっとキモい。
「もしスライムも鉄鋼虫も簡単に倒せる方法があったらなぁ」
そううまくはいかないのが現状だ。
スライムは剣や槍で突く、鉄鋼虫はスルーするのが王道だし、わざわざほかの方法を調べたり考えたりする人はそういない。
世界にはもっと難易度の高いダンジョンが多く存在し、そちら側の対策や研究が最優先なのだから。
チェーンのきしんだ音をかき鳴らしながら、俺はママチャリの上で小さくため息を吐いた。
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