第十二話 雷鳴
エタの負傷が演技だったとは露知らず、進軍する部隊の面々は再びの投石に対して負傷者を出しながらも前進していた。
アタブと彼のギルド『吠えるグズリ』もその一つだ。
彼は戦況報告を受け取りつつ指示を飛ばしていたが、とある報告を聞いて怒りが混じった声を出した。
「ああ!? あのガキ、負傷したのかよ!?」
「は、はい」
あのガキとはもちろんエタのことだ。
「ち。部隊はどうなった?」
「そのまま撤退するようです」
「無事なのか?」
そこで別の人間が会話に割って入った。
「おや、エタリッツさんを心配しているのですか?」
たおやかな声の主はラマトだった。それにアタブは反論する。
「ちげえよ。情けねえ社畜に呆れてんだ。で、何の用だよ」
「そろそろ撤退の準備をするべきだと進言しに来ました」
「ああ!? 早すぎんだろ!?」
「いいえ。むしろ遅いほどです。実際に……」
ラマトは身をひるがえし、岩を躱す。アタブは岩を槍で撃ち落とした。
「想定よりも天の牡牛の攻撃が激しいようです。これ以上近づけば撤退は困難になります」
「ち。めんどくせえな。だがここで撤退すれば上から文句言われるぜ」
「ええ。そのためにわたくしの掟を使います。あなたも協力していただけますか?」
アタブは拒否権などないな、と薄々察していた。
岩の雨を受けきったアタブたちとラマトは一旦停止した。
そしてアタブたち『吠えるグズリ』の冒険者たちは円陣を組んだ。その中心にいるのはアタブだ。
彼らにとっていつもの陣形である。
そしてアタブは携帯粘土板から彼の掟である大弓を取り出した。
「王よ(ルガル、エ)。ご照覧あれ。我が矢は稲妻のように空を駆ける」
祈りを捧げるとアタブは矢を番え、大弓を引き絞り始めた。アタブの力こぶはラクダの背中のように盛り上がったが、弓弦はゆっくりとしか広がらない。それだけでその弓が驚くべき強弓であることがわかるだろう。
この弓を引くためには彼の信じる神、ニヌルタに祈りを捧げ、全霊をもって弓を引かなければならない。
それゆえにアタブは隙だらけになるため、他者に守ってもらわなければならない。
しかし。
その弓に込められた掟にはそれだけの価値がある。
弓と、アタブが戦っているような時間が過ぎ、限界まで弓弦は引き絞られ、アタブは目を閉じた。
カッと目を見開くと一気に矢を解き放つ。
ごう、と風が鳴る。
およそ弓矢が出すべき音ではない。
アタブの弓に秘められた掟は『稲妻のような軌跡を描く』。その弓によって放たれた矢はまさしく雷の如き勢いで射出された。
千歩進んでもたどり着けないほど先にあるはずの天の牡牛の右前足に当たる……が、いかんせん距離によって威力が減じた矢は分厚い天の牡牛の肉体を傷つけるには至らなかった。
しかしぽつりと。
「では、わたくしの出番ですね」
ラマトはこうつぶやいた。
するとアタブが放った矢に括り付けられていた造花からぷかり、と泡が浮かんだ。
一つ、浮かぶ。二つ、浮かぶ。さらに、三つ浮かぶ。
その泡はみるみる内に増殖する。天の牡牛の足元はもう地面が見えないほど泡だらけになっていた。
異常事態に動揺したのか、それともただ苛立たしいだけなのか、人間には理解できないが、天の牡牛は暴風のような咆哮を発した。
それに呼応するように左後ろ足が持ち上げられ、地面にすさまじい勢いで叩きつけられる。地面が、弾ける。
部隊の冒険者たちはまた大岩か、と身構えるがそうではない。
天の牡牛の足元から地面が盛り上がり、剣のような、まるで生き物を拒むような岩の数々が出現した。
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