第十一話 偽りの痛み

「「エタ!?」」

 エタよりも先を走っていたミミエルとシャルラは血相を変えて振り向き、急旋回する。

 飛び交う岩よりも速くエタのもとに駆け付けた

「ちょっと!? いくらなんでもどんくさすぎるわよ!?」

「もう! だから後方にいておいてって言ったのに!」

「い、いや、そんなに慌てなくても……」

「「あんた(エタ)はちょっと黙ってて!」

「は、はい……」

 焦る二人に対してラバサルは冷静に対処する。

「仲間が負傷した! すまんが我々は撤退する!」

 後方の仲間に対して戦場全体に響くように叫ぶ。後方からすぐに返答があった。

「わかった! そのまま立ち止まっていてくれ!」

 いったん天の牡牛の攻撃が止んだため、ある程度進路を変える余裕がある。

 人同士、あるいは組織同士の間隔をかなりあけてある理由は二つ。天の牡牛の攻撃を分散させること。撤退する味方の邪魔をしないこと。

 通常の人間同士の戦争なら兵士を逃げさせないためにも陣形を組むのだが、天の牡牛でそれをやると本当に一人残らず全滅してしまうだろう。

 だが一方で人が分散していると最初の一歩が難しくなってしまうこともある。誰かが代わりにやってくれるだろうという心理が強くなるのだ。

 ましてや相手が伝説の獣であれば、なおさら。

 だが今は部隊全体が前進するという意志にあふれている。一方で周囲の味方に気を配る余裕もある。

 軍としては理想的な状態と言えた。

 だからこそ。

 エタはここで脱落しなければならないと思っていた。


 シュメールを避けて進軍する味方。

 そして今度は天の牡牛の左前足が大きく振り上げられる。新たな攻撃が繰り出されようとしているのだろう。

 先ほどのように轟音が襲ってくる。

 敵に近づいているためその音は大きく、雨のように降る岩も激しくなる。

「最前列の方がいいって言うのはそういう……」

 シャルラも気づいたようだ。

 この戦いは敵を倒すためではなく、敵を疲労させ、無理なく撤退するべき戦いである。

 当然ながら敵に近づけば近づくほど撤退は難しくなる。純粋に自分の部隊の生存だけを考えるなら、最初に攻撃され、すぐに逃走することが最も望ましい。

 もちろん、そんな都合のいいことが起こるはずもないのだが。

「エタ。あんた、もしかしてその血……」

 ミミエルはシャルラとは別の気づきがあった。

「あ。うん。これ、ただの染料だよ」

「エ、エタ……本当にあなたって人は……」

「あたしたちに説明くらいしておきなさいよ……」

 ミミエルとシャルラは呆れたような口調だった。

「いや、演技するよりもこの方がいいと思って……そもそも、僕が本物の血を見たら今頃気絶してるよ」

「そうだぜ。ていうかがきんちょなら鼻で勘づいてもおかしくなかったんじゃないか?」

「冷静でない証拠だ。反省しろ」

 ラバサルとターハは平静で、エタの芝居に気づいていたらしい。

 シャルラとミミエルは悔しそうな、あるいは恥ずかしそうな表情に変わっていた。

「で、でもあの女……ええと、ラマトだっけ。あいつにはどう説明するの?」

「大丈夫。さっき負傷した場合撤退してもいいって言質は取ったから。もしかしたら僕のやろうとしていることに気づいていたかもしれない。最初の一歩を踏み出した報酬のようなものだと思ってるんじゃないかな」

「……あたし、社長とかギルド長とかになれる気がしないわ」

「私も同感……」

 やはりミミエルとシャルラは言葉がない様子だった。

 エタも戦場から自分たちだけ離脱したことに対して良心が咎めないわけではない。だが、この戦いはどう転ぶのかまるで予測がつかない。

 戦力は可能な限り温存しておくべきだと判断していた。

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