第十話 先陣
ラマトの無謀とも言える提案をあっさり承諾したエタは装備の点検を始めていた。
ミミエルとシャルラはそんなエタにじっとりとしている視線を向けていた。
「ねえエタ。あんた、いいように使われていない?」
「そうよ。いきなり先陣を切れだなんて……ちょっと横暴じゃない?」
ラマトの提案は単純だ。
囮の最前列をシュメールに務めてほしいというものだった。
エタは戦争というものを経験したことはないが、集団で迷宮を攻略してきた経験と貯えた知識から、集団が動くのに重要なのは最初の一歩だと分かっていた。
ガゼルの群れが一頭慌てて逃げ出すとそれに続くのと同じことだ。
ただ今回の場合、絶対に囮の部隊を前に進ませなくてはいけない。誰かが口火を切らなければならないのだ。
多分、シャルラもミミエルもそれをわかっている。
「そうでもないよ。今回に関しては最前列が一番安全なんだ。それに、許可ももらったし」
今一つエタの言葉の意味がわからなかった二人だったが、鳴り響いた角笛に疑問はかき消された。
「よし。行こう」
軽く、しかしエタは誰よりも早く、一歩を踏み出した。
「ああもう! こういう時だけ度胸あるんだから!」
「はあ。私たちも行きましょう」
ミミエルとシャルラもそれに続く。
「いやいや。若いやつらは元気だよねえ」
「そんなことを言っているとすぐに老けるぞ」
「そいつは遠慮したいよっと」
ラバサルとターハも駆け出す。
それを見てラマトも自分のギルド、『怒れる仮面』を激励する。
「さあ! わたくしたちも行きましょう! 今こそ神々に我らの信仰を見せるのです!」
おお、と勇ましい雄たけびが上がる。
これだけでもラマトが自分のギルドの冒険者から慕われていることがよくわかった。
エタは多少体力がついたものの貧弱なことに変わりはなく、全力で走れる時間は短い。
そうでなかったとしても小走りになったことだろう。なにしろ、いくら走っても近づいている気がしない。
あまりの天の牡牛の巨大さに距離感が狂っているらしい。おそらく両目とも見えたとしてもそれは変わらなかっただろう。
ちらりと背後を窺うとシュメールに続くラマトの『怒れる仮面』、さらにその後ろから囮部隊の全員が走る姿が見える。
(上手くいったかな)
ひとまず戦いもせずに潰走するという最悪の事態だけは避けられたらしい。
人員の間隔はかなりあいている。
もしもこれが人間同士の戦争なら敵の失笑を買っていたことだろう。
陣形とは適切な形で、適切な距離を取るべきだからだ。
しかし相手は人知の及ばぬ獣にして迷宮の化身。人の常識をあざ笑うかのように、その右前足がゆっくりと持ち上がる。
「来るよ!」
エタの警告に全員が緊張する。
天の牡牛の右足が振り下ろされる。
それが地面と衝突しても音は聞こえない。それほどまでに距離が離れている。
数舜のち、耳元で大太鼓を叩いているような轟音が襲ってくる。さらに遅れて岩が雨あられと降り注ぐ。
まさに天災。
足の一振りでさえ、人の業では到底及ばない。
ラバサルは手に持った盾で耐える。
ターハは棍棒で岩を叩き潰す。
シャルラはかろうじて躱す。
ミミエルは降りしきる岩などものともせずに軽やかに駆ける。
そしてエタは。
「うわあ!?」
ラバサルのように盾で堪えていたのだが、エタはやはり経験と体力の差は埋めがたかったのか、叫び声と共に赤い液体が宙を舞った。
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