第二話 罪の顛末

 賑やかな喧騒をに身をゆだね、エタは数か月前を思い出した。

 ザムグたちがいた時のことだ。

 あの時も今のように酒場に集まっていた。だがザムグ、ディスカール、カルムの三人はいない。

 それを思い出すといつも胸に痛みが走る。

 ふと、姉もこうだったのかと考えた。

 仲間の死を見送ることがあったのだろうか。

 その時にどんな気持ちになったのだろうか。

 今は……いや、これからもそれが判明することはない。

 明るい酒場とは対照的に過去と未来の暗さに押しつぶされそうになったエタに声をかけてきたのはミミエルだった。

「何暗い顔してんのよ」

 結い上げられた黒髪から覗く琥珀色の瞳は獲物を定めているように見えた。

「ミミエル。ん……そうだね。今日は祝いの席……っていうわけでもないけど、悪いことがあるわけじゃないからね。落ち込む理由はないね」

 今日シュメールの面々が酒場に集まったのはシャルラの処遇が決まったためだ。

 それも、比較的良い結果だった。

 エタはその手続きをしにイシュタル神殿に向かい、ミミエルたちはシャルラを迎えに行ったのだ。

 そのシャルラもエタの視界に入った。

 ウェーブのかかった長い髪の明るさはいつも通りだったが、少しだけやつれているように見えた。

「エタ。久しぶり……って数日だけどね」

「そう感じても仕方ないよ。いろいろ大変だったし」

 身代わり王の騒動の後、シャルラはウルクの警邏に捕縛された。その後裁判が開かれる予定だったが、一方で真犯人であるリムズがすべて供述し、また、すべてが自分の指図であるとも証言されたことと、ニスキツルやエタたちシュメールから減刑を求める嘆願書があったこともあり……そしておそらくは暗殺されかかったラバシュムの口添えもあり、比較的軽い刑罰になった。

 罰金とイシュタル神殿での奉公である。

 その罰金の多くもニスキツルの社員が支払った。

 王の暗殺を試みたことを思えばかなり軽い刑罰と言えるだろう。

 このイシュタル神殿の奉公は刑罰であると同時にウルクからあまり離れないようにする措置でもある。

「エタ。改めてお礼を言わせて頂戴。保証人になってくれてありがとう」

「こればっかりはニスキツルの人たちには任せられないからね」

 保証人とは一定の罪を犯した人間を監視する立場にある人間である。ニスキツルの人々では身内だと判断され、保証人になれなかったのだ。

「それだけじゃないわ。私、あなたにもいろいろと……」

 少し前の自分が何をしてしまったのかを思い起こし、シャルラは涙が出そうになっていた。

「大丈夫だよ。家族のために何かしたいって気持ちは僕にもわかるから」

 その言葉を聞いて、シャルラは言葉を口にしていいのか逡巡する様子を見せた。それで察した。自分に聞く権利があるのかどうか迷うことを質問したいのだと。

「リムズさんがどうなるかは僕にもわからない」

 おそらく彼女が気になっているのは父親の行方だろう。だが同時に、自分がそんなことを気にしていられる状況でもなく、主犯である父を想うことそのものが国王ラバシュムやエタたちへの背信になるのではないかと思って口には出しづらかったようだ。

 あるいは、父の処遇を知らせられないことこそが自分への罰だと思っているのだろうか。

「そう、なのね」

 やはり悲痛な表情だった。

 それでもすぐに表情を変えた。

「ミミエル。あなたにも……」

「はあ? 別にあんたから何かされたくらいであたしが傷つくように見える?」

 謝ろうとしたシャルラにミミエルは機先を制した。おそらく、ミミエルは誰かに謝られるよりも……。

「そうね。ありがとう。私を止めてくれて。あなたのそういうまっすぐなところは好きよ」

 ふん、と鼻を鳴らしてミミエルはそっぽを向いた。

「お? がきんちょの奴、照れてるな?」

 そう言って近づいてきたのはターハだった。

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