第四章 天命
第一話 目覚める大牛
ウルクのはるか北方、はるか数千年後にはトルコとイラクと呼ばれる国の国境付近にある山のふもと。
ここまで旅をしてきたウルクの市民たちが腰を下ろしていた。
ようやく夏の日照りが落ち着いてきた今日このころだったが、遮るもののない岩の荒野は焼かれたように暑い。
彼らはその日差しを避けて屋内で
「ようやくここまで来たな」
片方の、背の低い男が感慨深く言う。
「ああ。ウルクから発って二か月。初めはこんな時期に俺たちを旅立たせたアトラハシス様を恨んだものだが……来てみればいい旅だったな」
ひげをきれいに整えられた男もそれに応えた。
荒野で遭難しかけたところをキャラバンに助けられたこと。うっかり迷宮に迷い込み、間一髪で冒険者に助けられたこと。
「いや、待ってくれ。俺たち誰かに助けられてばっかりじゃないか?」
「言われてみればそうだな。でもまあいいじゃないか。それだけ人と人は助け合って生きているということだ」
「そうだな。これも神の御加護だろう。……しかし……」
「ん?」
「アトラハシス様は何故俺たちをここに送ったんだろうか?」
「……そうだよなあ」
彼ら二人はもともとジッグラトの役人だったが、アトラハシス直々に命令を受け、北方に向かったのだ。
当然ながらそのわけを問うたのだが、アトラハシスは行けばわかるとしか言わなかった。
「ま、目的地にはついたんだ。あと十日ほど何も起こらなければ……」
彼の言葉は終わらなかった。
カタカタと机に置かれた土器が震える。
「これは、地震?」
かすかな揺れはやがて強くなり思わず床や椅子にしがみついてしまうほど強くなった。
中には地面の底におわすエレシュキガル神に祈りを捧げる民もいた。
揺れはどんどんと強くなる。しかし永遠に続く地震はない。ようやく収まり、平静を保てるようになった。
「ふう。今日の地震は強かったな」
メソポタミア、現在のイラクあたりの地域は地震の頻発地域であり、多少揺れたくらいでは驚かないのだ。
だが。
ごう、と間近で火山が噴火したような轟音が響いた。
「な、なんだ!?」
「地震じゃないぞ!?」
轟音が一度響いたのち、再び断続的な音と地響きが起こる。しかもそれは。
「なんだ? この響き……近づいている?」
「ち、近づく? まるで、生き物みたいな……」
そんな馬鹿なと言いたくなる口を塞ぐ。こんな地響きを起こせる生き物などいるはずがない。
それでもおそるおそる、怯えながら、祈るように外にでる。
そして、音の方向を見る。
足だった。
千年そびえたつ、樹木のように太くごつごつした足。
それが足であるということは。
つまり本体はもっと巨大であるということ。
天上におわす神々に祈るように天を見上げる。
そこにいたのは山のような巨体。峻峰のごとく突き上げられた二本の角。あまりにも巨大な牡牛だった。
「天の牡牛……」
茫然と呟く。
天の牡牛はゆったりと……大きすぎるため距離感覚がはっきりしないせいで正確な速度がわからないため実際にはかなりの速度で歩を進める。おおよそ南に向かっている。
「まさか……こいつが俺たちを派遣した理由……?」
二人は気づいていた。
このまま天の牡牛が南下を続ければウルクに近づいていくということを。
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