第六十二話 系統樹

 警邏の人々がイシュタル神殿に到着するとすぐに騒動は鎮圧された。神殿に侵入していた刺客を片手でにこにこ笑いながら引きずっていたラキア様が現れると話はさらに早く進んだ。

 頃合いを見計らってエタがリムズに近づきかまをかけようとしたが。

「エタリッツ君。くだらない芝居はいらない。シャルラは失敗したのだね?」

 おそらく、成功していればシャルラや他の誰かから連絡がある予定だったのだろう。

 すでに観念している様子だった。

「はい。ラバシュム様はご無事でシャルラはミミエルが捕縛したようです」

「そうか」

「リムズさん。ここで自白しておけば……」

「そうはなるまい。さすがに王の暗殺未遂は重罪だ。この刺客を扇動したのも私だとすぐに判明するだろう」

 逆を言えば、暗殺が成功さえすれば多少の無茶は押し通せる自信があったということだろう。

「やはり、あなたは先々代の国王陛下のご子息なのですね?」

 リムズからこの騒動の始まりとなる話を聞かされた時、エタ自身が夭折したと言った王子。その正体が、リムズだ。

「……驚いた。どうやって調べたのかね?」

「先々代の御子息の話をしたときに苦々しい顔をしてらっしゃいましたし……何よりもラバシュム様が即位なさってから暗殺しなければならない人間はその人しかいません。それをラキア様に伝えただけです」

 リムズはふ、と皮肉めいた笑みを浮かべた。

「そうだ。ラルサでの王位継承権はまず王の息子。その次が姫の夫。子供がいなければ王、または先王の兄弟。私は三番目。だが、ラバシュムが死ねば……」

「ラバシュム様にはご子息もご兄弟もいらっしゃらない。そして、先王の娘婿の王位継承権はラバシュム様が王になった時点で消失する。もしもあなたが先々代の国王陛下の子息だと証明できれば……」

「私は王になれる。……儚い夢だったがね。だが、確信はなかったはずだ」

「いいえ。失礼ですがラキア様の掟をあなたにも使わせていただきました」

「いったいいつ? あの水晶は……いや、あの水晶はハッタリか」

「はい。ラキア様の掟は手袋。あの手袋で手を握った相手の父親の名前を明かすそうです」

「名を明かす、か。私の掟とよく似た掟に追い詰められるとは因果だな」

「あなたの掟?」

「ああ。母の居所を知る掟。……幼いころ、キシュである庭師に孤児として引き取られた私は、ウルクに戻り、掟で居場所を突き止めた母と話し、自らの出生を知った。母は他の王妃と不仲だったらしい。自らの立場を守るために私を捨てたのだ。莫大な金銭を見返りとして。はっきり言えば私を捨てたウルク……いや、私の存在を認めなかった都市国家へ復讐したかったのだよ」

 その復讐心は別段おかしくないとエタは思う。

 だがそれに他人を巻き込んで良いかどうかは別で、特にエタにとって親しい人が被害を受けるのならそれを許してはならない。

 だから、聞いた。

「シャルラのことはどう思っているのですか?」

「質問に質問で返すようで悪いが、君がシャルラを疑ったのはいつだね?」

「毒を盛られた後です。僕が知る限り彼女が一番毒に詳しい。彼女なら死なない程度に毒を盛ることもできます。……彼女を疑うのは、正直にいうとつらかったのですが……」

「ではなぜ疑えたのかね?」

「動機です。もしも誰かをたばかるのなら、家族のためとしか思えない。……僕なら、そうします。だからあなたについて調べるべきだと思いました」

「家族か。そんなに良いものかね?」

「はい。何よりも大切です。僕も、おそらくはシャルラも」

「私はそんな風に考えたことはないな。私にとって娘は道具だ。命令に従うだけの、道具だ」

 あまりにもするりと抜け出た言葉が真実であるのか確かめるすべはない。

 確かなのは、主犯がリムズであると認めた事実だけ。

 わずかながら、シャルラの罪が軽くなる可能性が現れた。

 それだけでもエタは少し心が軽くなった。

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