第六十一話 心
私はエタと初めて会った時のことを覚えていない。
多分、それくらいよくある出会い方だったのだろう。しばらく机を並べていてもエドゥッパの学友の一人とでしかなかった。
それが変わったのはやはり日蝕に関するもめ事が起こった後だ。
あの後で親しくなり、よく行動を共にするようになった。
最初はエタのことは周りを利用しようとしている策略家のように思っていた。確かにそういう一面もある。
計算高く、理に聡い。
だがその一方でその努力のすべては他人や自分の家族のために向けられる。自分が栄達を掴むとか、大金を稼いで贅沢をしたいとか、そんな強欲さはない。
しかもそれを自分の意志で決めている。
これが、私との違いだ。
私は他人のために何かをするときはたいてい他人に何かを求められたときだ。たまに正義感が強いとか、信念があるとか言われる時もあるけれど、それは結局のところただ我慢ができないだけだ。
信念や正義感ではなく、ただ不満をぶつけているだけ。子供のダダと変わらない。
だから、まぶしいのだろう。
ただただ純粋に目標に向かうエタが。
それを支えようとするミミエルが。
だから……二人を諦めさせようと思ったこともある。
だが騒動から遠ざけるようにするのが精いっぱいだった。それすら失敗したのだが。
彼は、どうあっても突き進む。どれだけ傷ついても。何度失っても。
ああ。
この感情の名前はきっと。
嫉妬、そう呼ばれるものなのだろう。
目を覚ましたシャルラは自分が縛られていることに気づき、何とか抜け出そうともがき、次に刃物と携帯粘土板を探した。
「悪いけど、携帯粘土板と凶器は没収させてもらったわよ」
なぜか不満そうな表情のミミエルがシャルラを見下ろしていた。
「この糸……あなたの掟だっけ」
「そ。絶対に絡まる糸よ。あんまり動かない方がいいわよ」
「……そうね。……あなた、怒ってないの?」
「エタを裏切ったこと? それなら……怒る気にはなれないわよ。あんた、エタをこの騒動から遠ざけようとしたんでしょ」
「……」
シャルラは沈黙した。
それは事実上の肯定だった。
「エタに盛られた毒はそんなに強力じゃなかった。あんたは何かの事情で義弟の刺客が毒を盛ろうとしていることに気づいた。それを利用してエタをウルクに帰そうとした。そんなところじゃないの?」
「……どうかしらね」
もはや抵抗する気力がないのか、シャルラは力を抜いた。
「父さんは……ずっと苦労してた。自分が捨て子だったことを隠して働いて……でもそれがお母さんにばれちゃって……」
「……」
ミミエルは黙して語らない。シャルラやリムズの境遇に思うところがあったのだろうか。
「お母さんには逃げられて、仕事も失って……それでも私を必死に育ててくれたの。どんなに間違っていることをしていたとしても裏切れるわけないのよ……父さんはどうなるのかしら」
「私が決めることじゃないでしょ。……ラバシュム様はどう思われますか」
今まで黙り込んでいた、もっとも権力のある少年に声をかけた。
「僕は……もう、これ以上誰かに傷ついてほしくないよ……」
「そうですね……もう、疲れました……」
外の喧騒は遠いが、どんどん小さくなっている。
三人は王位継承をめぐる騒動が終わりに向かっていることを実感していた。
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