第四十七話 開かれる門
本陣を再び急襲された遠征軍は被害こそ軽微だったものの一度立て直しを計ることとなった。
その間にエタは計画の第一弾を進めることにした。
ずらりと並んだ木の器に、焼けた石や熱湯が注がれている。
奇妙な行列だったが、どこか死者、あるいは神への捧げもののように見えた。
それだけならこのメソポタミアでさして不思議な行為ではない。神に祈り、死者をしのぶのはもはや義務を飛び越し生理現象に近い。
だが問題はその器が置かれている場所だ。
なんとアラッタの近く、ぎりぎり投げ槍や投石が届かない位置に置かれている。
それを遠方から見つめる誰もが不可解な様子に首をかしげていた。
『荒野の鷲』、ギルド長のラッザもその一人である。
「エタリッツ君。本当にこれで城門が……ごほっ」
「大丈夫ですか?」
ラッザと会話しているエタは彼の体を気遣った。
もともとあまり壮健とは言えないラッザだったが、ここ数日で明らかに顔色が悪くなっていた。
今更ながら、緩やかなトーガを着る彼は病人のように見えた。
所属する冒険者が多く亡くなった心労か、それとも長旅の疲れか。判断はできなかったが、エタの計画を見届ける役目をおった彼にはきちんと説明をしなければならない。
「大丈夫だ。しかし、一体どういうことかな? どうして我々が作った木の器をアラッタの近くに置くんだい? これではまるでアラッタに献上しているようではないか」
「ある意味ではそうですね。いずれにせよ、これで門は開くはずです」
確信をもって断言したエタをやはり半信半疑で見つめるラッザ。念押しするかのように先ほどの言葉を繰り返す。
「もしもこれでアラッタの門が開かなければ君は多額の賠償金を支払うことになる。わかっているね?」
それはエタの提案だった。
計画を先に進めるためにはどうしても遠征軍全体の協力が必要なのだ。
そのために危険を冒して信頼を得なければならない。
「ご安心を。もう開きました」
「何……なっ!?」
実際には聞こえなかったが、門が開く重々しい音が聞こえた気がした。
それほど堅固に見えた城門があっさり開いたことに驚きを隠せなかった。
その門から出てきたクサリクたちがいそいそと木の器を回収する。
「これは……ごほっごほっ!」
「ラッザ様。ゆっくり息をしてください」
「あ、ああ。すまない」
強く咳き込んだラッザの背中をさする。
はっきり言ってエタはラッザに良い印象をもっていないが、一方で親近感……あるいはその逆の同族嫌悪のような感情が混じっている気がした。
あまり健康とは言えない体で何とかギルドを運営し、謀略に遠慮なく加担するからこそ、そういう印象を受けるのだろうか。
「だがわからない。これは一体どういうことだ? 何故あっさりと門が開く……いや、正確には敵が自分から開けたわけだが……」
「それにはまずこの迷宮の掟を説明しなければなりません」
「この迷宮の掟がわかったのか?」
少しだけラッザの語気が強くなっていた。興奮したせいで地が出ているのかもしれない。
「はい。浅学菲才の身なれど、イシュタル神殿の予言を紐解きました」
もちろん嘘である。というより順序が逆だ。
掟にあたりをつけたからこそイシュタル神殿に偽の背の予言を布告するよう依頼したのだ。
もちろんそんなことを言うつもりはない。
あくまでも予言に沿う形でこれらの計画を進めているという弁解をしなければならないのだ。
「なら教えてくれ。この迷宮の掟はなんだ?」
「おそらくですがこの迷宮都市アラッタの掟は、『蓄積』です」
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