第三十一話 檄を飛ばす
クサリクの奇襲から一日半。
かなり強引な形で本来の目的であるアラッタの攻略が始まった。
前日は敵の夜襲を警戒していたが、その兆候さえなかった。これが単に奇襲を二度も仕掛ける余力がないからか、こちらの警戒を予測して仕掛けなかったのかは判断できなかった。
エタはどうか前者であってくれと心の中で祈っていた。
相手が確かな戦術眼を持っているなど信じたくはないのだ。
黄土色の大地を緊張しながら歩む遠征軍。
肌を焼く日光さえも彼らの注意をひきはしない。これからそんなものは目でない困難に直面するのだ。
やがて眼にするのは黒々とそびえる城壁。ウルクの城壁をも飲み込むほど高く、険しい壁。
この場所こそが冥界なのではないかと疑うほどの堅固な都市。
これこそが数百年難攻不落の迷宮都市アラッタ。
その城壁の上にはやはりクサリク。その手にはごつごつとした石。あれが遠征軍に降り注ぐことを想像してあるはずのない痛みを感じた。
地上からアラッタの内部は見えないが、もうもうと煙が立ち込めていた。
それが得も言われぬ不気味さを醸し出している。
前日に被害を出したこともあり、やはり遠征軍全体の士気は低下していた。
このまま戦いに挑んでも良い結果は得られないだろう。だからこそ、ここで総大将の鼓舞が必要になる。
そしてこの遠征の最高指揮官であるトエラーは移動式の台に乗りながら堂々たる体躯を現した。
「私は賢者アトラハシス様よりこの一軍を預けられたトエラーである!」
びりびりと大音声がとどろく。
意外かもしれないが声の大きさというものは将帥における重要な能力の一つだ。声が大きければ戦場であっても声を届かせることができるのだ。
さらにトエラーは巨大な声量を維持したまま、この遠征の意義とこの遠征にどれだけの人々が思いを託しているかを述べ、さらに演説を告げる。
(こういうところは意外とうまいんだけどね……)
ちなみにエタを含めこの遠征軍のほとんどが知らないことだが、トエラーはこれがほぼ初陣である。
基本的に彼は城壁の守備を行っていた人物であり、一軍を指揮したことなどない。
そんな彼がこの遠征軍の指揮官に抜擢された一番の理由は……見た目である。
外見なら堂々たる偉丈夫である彼は歴戦の戦士であると勘違いされやすく、しかも意外とよどみなく演説することができるため、ほぼ傀儡でしかない指揮官としてあてがわれたのであった。
よって彼の胸中はこのような言葉で埋め尽くされていた。
(こ、これでいいんだよな!? いや、それにしてもなんで俺みたいな兵士がこんな大軍を引き連れての遠征に参加することにんったんだ!? いやいや、でも仕事は真面目にしないと。妹も、父も母も喜んでくれていたんだ。なんとかしてここで功績を挙げて、認めてもらって……そして一人でも多くの命をウルクに返すんだ!)
生来の真面目な性格と、責任感から動揺する心を静め、彼なりに指揮官らしく振舞っていたのであり、彼がこれほどまでに緊張していると見抜いているはおそらく『荒野の鷲』のギルド長ラッザだけだっただろう。
「全軍攻撃開始! 我らが偉大なる神、エンリルの加護あれ!」
トエラーの檄が飛び、ついに戦端は開かれた。
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