第三十話 二人目

 頭がきりきりと痛む。

 エタは寝不足だとよくこのような痛みにさらされることがあった。

 よくよく考えればオオカミに襲われてからほとんど眠っていないので、体調が悪化するのも当然だった。

 ただし、休んでいられる状況でもなかった。

 とにかく被害の確認と犠牲者の計上が何よりも先だったのだ。ましてやエタは生き延びさせるためとはいえ戦いに扇動したような立場だったので、ひと眠りする暇さえなかった。

「エタ。戦った奴らの給与の計算は終わったか?」

「はい。ニスキツルからも出すとリムズさんは言ってくれていますし、本営にもある程度支給させる算段でした。僕らが支払える金額にはなるでしょう。問題は犠牲になった人の見舞金ですね」

「そっちはわしが個別に説得する。当然だが、友人を騙るような奴らもいるだろうからな」

 当たり前だが死亡した相手に給料は払えないが、見舞金などを遺族に払わなければならない。

 しかし人数が多いため、中にはあくどいことを企む卑劣な輩もいるだろう。実際にエタも。

『あいつは俺の親友だった! どうしてくれる!』

 などと涙ながらに訴える冒険者を見たが、その親友とやらの名前を尋ねたところ答えられなかったというのだから呆れたくなる。

 この手の人付き合いはラバサルの得手とするところだったが、ターハはともかくミミエルは得意ではない。

 そのため二人には別の仕事を頼んでいた。

「それで、ミミエルとターハさんはどうですか? 王子候補はどうなりましたか?」

 セパスとニッグの安否を確認してほしかったのだ。

 だがラバサルは普段の仏頂面よりもずっと渋い顔になっており、それだけでおおよその事態は察した。

「セパスが死んだらしい。どうやらクサリクたちに襲われた……となっている」

「実際にはどうなんですか?」

「はっきりとしたことはわからんが、死体を見たターハとミミエル曰く、槍でできた傷じゃねえらしい」

 クサリクの武器は見た限り槍しかなかった。たまたま石斧や剣を持っている個体がいないとも限らないが、やはり楽観的になるべきではないだろう。

「とりあえずセパスさんは暗殺されたと仮定しておきましょう」

 声をより低めて会話する。

「なら、これからはニッグを護衛するってことでいいか?」

「そうですね。もう、彼が本物の王子であると断定してしまいましょう」

 最悪の消去法だったが、もはやそうするしかやる気を保てそうになかった。

 ただし。

 エタはラバサルどころか他の誰にも言っていない可能性を検討し始めていた。

 もしもこれが正しければこれまでの努力は何の意味もないものになってしまうのだが……。

(いや、でも、そうなら……やっぱり虚偽こそが真実?)

「エタ? どうかしたか?」

「え、ああ、すみません。ちょっと考え事をしていました。多分、アラッタの攻略は明日からになるでしょうから、今日はなるべく休みましょう」

「こんな状況でも遠征はやめられねえのか。王子を殺したいって奴だけじゃねえだろうに」

「アトラハシス様がおっしゃっていましたが、人間は一度ことを始めるとそれが余計に損を招くと分かっていても止められないそうです」

 数千年後の世界において、コンコルド効果という心理現象である。

 人間が人間である限り、どれほどの時を経ても決して変えられない業の一つでもあるのだろう。

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