第十四話 処置

 エタの天幕に飛び込んだミミエルが見たのは外れてほしかった予想通りの光景だった。

 エタは激しくえずき、ラバサルが背中をさすっていた。

「エタ!? どうしたの!?」

「わからん。眠っていたらいきなり苦しみだした」

 冷汗をかきながらも冷静にラバサルが答える。

 エタはまともに口もきけない状態だったが、指で外を指し示した。

 それを見た二人は肩を貸して立たせた。天幕は狭かったが、今はユーフラテス川を渡るよりも遠く感じた。

 何とか外に出たエタはそのまま崩れ落ちた。

「エタ!?」

「エタ!」

「エタァ!?」

 心配になったターハも加え、三人の心配する声が同調する。

 しかしエタにはそれに答える余裕がない。

 腹の内側をガルラ霊が暴れまわるかの如く猛烈な痛みがエタを襲っていた。さらにガンガンと頭の中で剣戟の音が鳴り響いているようで実のところまともに声が聞こえていなかった。

 喉の奥から何かがせり上がってくるが、引っかかるような不快感が胸のあたりにあった。

 苦しい。

 どうして?

 冷静さなど微塵もなく、意味もない感想と疑問だけが頭の中をめぐる。

 そこで首が真横に向けられ、何かが口の中に入れられた

 それが他人の指だと気づいたのは一瞬後。

 誰かの指がエタの喉を強引に刺激した。

「お、う、げええええ!」

 エタの喉から堰を切ったように吐しゃ物が流れ出す。

 エタはこんなにもたくさんのものが自分の体の中にあったのか、という他人事のような感想が浮かんでいた。

 腹の中のものを吐き切ると、指を突っ込んだ誰かはエタの体を横たえた。地面の上だったが、それでも幾分体は楽になった。

 締め付けられるような頭痛を堪えながらエタを吐かせた相手に礼を言った。

「ありがとうシャルラ。でも、早く手を洗ったほうがいいよ。吐しゃ物の中に毒が残っていたらまずい」

 明るい髪を乱し、汗をにじませ、痛ましそうにエタを見つめるシャルラはか細い声で答えた。

「私はいいわ……あなたもそんなことを気にしなくていいのに……」

 シャルラはニスキツルで毒物を扱う経験などがあったため、その対処法も心得ていた。

 とにかく毒を吐かせることだ。もちろん毒の種類によっては手遅れであることもあるものの、エタの場合のどに詰まっている可能性があったため、シャルラの処置は適切であったと言える。

「そういうわけにはいかないよ。ごめん、ミミエル。近くに水たまりがあったはずだからそこまで連れて行ってくれる?」

「わかったわ。ほら、行くわよ、シャルラ」

 無理にでも連れて行かないとこの場を動かないと察したエタはミミエルにシャルラを任せることにし、ミミエルもそれを察したらしい。

 シャルラの手を引いて、水場へ向かった。シャルラは一度ちらりとエタを心配そうに振り返った。

 何とかあたりを見回す余裕を取り戻したエタが、自分と同じように倒れている人が多いことに気づいたが、問題はその年齢と性別だった。

 ただでさえ青ざめた顔をより青くする。

「ターハさん……ラバサルさん……」

「エタ。おめえはしばらく休……」

 エタはラバサルの言葉を遮った。

「そうじゃ、ないんです……今、苦しんでいる人の多くは……年若い男じゃないですか?」

 ふらつく頭でもちらりとあたりの様子を窺ったエタは冷静だった。

「え、ああそうだな。あたしが見たのもそうだったな」

「なら……早く王子の安全を確認してください。これは……この事件は、王子候補を毒殺しようとした何者かが起こした可能性があります」

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