第十三話 埋伏

 わずかな月明かりが荒野を照らす。天幕が立ち並ぶ平らな大地は墓所のようでもある。

 気温は下がり、汗をかかずに済むがやはり夜の静けさは人の動きを鈍らせる。

 わずかな小動物以外、寝静まっているかのように見えた。

 だが、鈍く光る瞳が天幕を狙っていることに誰も気づいていなかった。




 今回の遠征はかなり大規模であるため、見張りも数多く配置している。

 月光と見張りの目をすり抜けるようにそれらが迫ったのは……食糧がある天幕だった。

 ガサガサ揺れる天幕に違和感を覚えた見張りがようやく叫んだ。

「オオカミだ! 食い物を狙ってるぞ!」

 何とか間に合ったというところだろうか。

 十匹はいたオオカミは天幕を破ることはできず、見張りの叫びに驚いて散り散りになった。

 その騒ぎに気付いた数十人ほどの冒険者が跳び起き、オオカミを追い払うために尽力した。その中にはミミエルもいた。

 動きの素早いオオカミに対し、掟である槌は不利だと判断したのか、黒曜石のナイフを取り出していた。

 夜闇に紛れた黒い刀身は光の欠片すら残さず、一匹のオオカミをするりと切り裂いた。

「あ! くそ! 出遅れた!」

 ぼさぼさの頭と寝ぼけ眼を残したまま現れたのはターハだった。

「遅かったわねえ、おばさん」

「早起きは苦手なんだよ! ……まだ夜だけどさ」

 ターハがどうにか戦える状態を整えるころにはオオカミは討伐されるか、逃げ出していた。

「ちえ。上手くいけば小遣いくらいにはなったのかもしれないよなあ」

 オオカミを狩れば、そこそこの値段で売れるはずだし、食料を守ったとなれば追加の褒賞があってもおかしくはなかった。

 まだどこかにオオカミが残ってないかときょろきょろとあたりを見回すと、やけにふらふらしている若い男が目に入った。

「おいあんた。寝ぼけてるのかい? だったらもう眠りな。オオカミは残ってないよ」

 ターハに向かってくるりと振り向いた男の目には生気がなかった。それなりに修羅場を潜り抜けているターハには、ただ眠いだけには見えなかった。

「おい? どうした? そんな冥界の亡者みたいな顔して。大丈夫かい?」

 再び声をかけるが耳がついていないかのように反応がない。

「う、う、ぼえええええええええ!?!?」

 だが男は突如胸を押さえて、亡霊に取りつかれたような叫びをあげた。

「はあ!? 何があったんだよ!? おい、ミミエ……なっ!?」

 ミミエルに助けを求めようとしたターハが目にしたのは病と災いの神ネルガルが悪意を振りまいたかのような光景が広がっていた。

 あるものは嘔吐し、またある者は酩酊したように千鳥足のまま、ぐるぐる歩き回っている。

「どうなってるのよこれ!?」

 ミミエルもこの悪夢のような光景を前にしてうろたえるばかりだった。

「おい! エタ! こいつら、病気なのか!? それとも、悪いもんでも食ったのか!?」

 ターハには具体的な考えがあったわけではないが、こういう状況では腕っぷしよりも知恵が役に立つことは想像がつく。

 だからこそ自分がよく知る相手の中で最も知識がある人間に呼びかけた。

 だが、返答はない。

「ねえ? エタは?」

 ミミエルもまた、素早く夜目を利かせるが、エタの姿はない。

 ターハとミミエルの天幕はラバサルとエタの天幕の隣である。だからこの騒ぎを聞きつけられないはずがないのだ。

 嫌な予感がしたミミエルは風のようにエタがいるはずの天幕に飛び込んだ。

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