第十二話 欠けた歌い手

「良い詩ですね、ニッグさん。ラトゥスさんとは長いのですか?」

「うん。あの子とはここに来てからたまに一緒に行動していてね。まあ、兄と弟のような関係かな」

「ラトゥスさんは男なのですか?」

「ああ、初めてじゃわからないか。あの子はカストラートだよ」

 エタは一瞬ぎょっとした。

 カストラートとは去勢された男性歌手のことだ。

 高い声を保つためそのような施術を行う人がいるとは知っていたが、直に見たのは初めてだ。

 そのほとんどは去勢される本人の意志とは無関係だと聞く。

 仕事や賃金のためとはいえ男の証に傷を入れさせるその気持ちはエタには理解が難しかった。

 ……だが、あのラトゥスの歌声を聞いて、ほんのわずかながら惜しいと思う気持ちが生まれたのも事実だった。

「しかし見事な歌声です。きっとたくさん練習したんでしょうね」

「まあね。ミミエルさんも素晴らしい踊りだ」

 実のところエタがミミエルの踊りを見るのは初めてだった。

 『灰の巨人』在籍時にはよく披露していたようだが、シュメールに入ってからは自発的に踊るようなことはなかったためだ。

 もっとも、見ていないところで練習していたりすることをエタはもちろん、シュメールの面々はターハ以外知らないことだった。

「険しい道中ですが、これならば疲れも吹き飛びそうです」

「ありがとう。ラトゥスに伝えておくよ。ミミエルさんにも素晴らしい踊りだったと伝えてください」

「ええ。必ず」

 ひとまずこの場はこんなものだろう。

 会話を切り上げないと、周りの人員に怪しまれそうな気がするし、もうすぐ休憩も終わるころだ。

 アラッタまでの道のりはまだまだある。

 接触する機会もまた、いくらでもあるはずだった。


 ニッグと別れたエタは歌と踊りが終わったミミエルと合流した。

「どうだった?」

 運動したせいで上気したミミエルからそう尋ねられた。

「順調だったかな」

「それだけ?」

 露骨に不機嫌そうになったミミエルに、言葉が少なすぎたと反省したエタは詳しく説明した。

「ニッグさんとはうまく接触できたと思う。ただ、やっぱりちょっと話しただけじゃ王子なのかどうか判断するのは無理かな」

 ミミエルがどういう意図でエタにどうだったかと聞いたのか。それを全く察していない言葉だった。

 彼女は自分の踊りについての感想を求めたのであって、ニッグとの会話を目的としていたこと自体知らなかったのだ。

 遅まきながらそれを察したミミエルは顔を真っ赤にして俯いた。

「ミミエル? どうかしたの?」

「……なんでもない」

「え? いやどう見ても……」

「なんでもない! それより、ニッグとはどんなことを話したの?」

「さっきの歌い手、カストラートのラトゥスさんと昔馴染みだってこととかかな」

「大したことじゃないけど次の会話のつなぎくらいにはなりそうね」

「そうだね。ラバサルさんやターハさんも上手くやってくれていると思うし、時間をかけてもいいから何とかして本物の王子を見つけよう」

 シュメールの面々と合流し、シャルラを含むニスキツルとも情報交換すると、挨拶もそこそこにまた再び行軍を開始する。

 だが、その晩、誰も予想していなかった事件が起こってしまう。

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