第十話 三人の王子
三人いる王子候補の名前はスーファイ、ニッグ、セパス。
もちろん偽名だ。イシュタル神殿の調べでは、数年ほど『荒野の鷹』に在籍しているが、それ以前の経歴ははっきりしていない。
この三人の中から本物の王子を見つけ出さなければならない。
休憩時間となり、単独行動をとることになったラバサルはスーファイのもとに向かった。
ゆで上がりそうな日差しに辟易しながら、あらかじめ教えられていた人相に近い男を探し、すぐに見つかった。
ラバサルより頭一つ二つ大きく、いかにも戦士という筋肉質でがっしりとした体つきだった。
顔つきはまだすこし若さがあった。しかし帽子を手に持って扇ぎながら禿頭に照りかえる陽光からか、いくぶん年かさを増しているように見えた。
(さて、どう話しかけたもんかな)
ラバサルは逡巡した。
別に今どきの若者に話しかけるのを恥じるような心は持ち合わせていない。
厄介なのはスーファイの周囲にいる冒険者と兵士たちだった。
おそらくギルド長か王の義弟の一派の差し金だろう。こういう見張りがいるから三人を強引にイシュタル神殿に連れて行くというやり方ができない。
もちろん、ここでラバサルが何の意味もなく話しかければ余計な疑いを招く。
しかし意外な話題が向こうから歩いてきた。
波打つ短髪に、ゆるやかなトーガを着ており、あまり健康そうには見えない顔色。その顔は見覚えがあった。
(『荒野の鷹』のギルド長ラッザ。護衛まで引き連れて……スーファイの様子を見に来たのか?)
ラッザが笑いかけるとスーファイは豪快な声で、しかし丁寧に受け答えしていた。育ちが良いと言われても信じてしまいそうだ。
二人は親しそうだが、周囲の部下たちはどこか緊張した空気だった。
(スーファイに話しかけるよりも、ラッザに話しかける方が自然だな)
ラバサルは足音も消さず、隠れもせずごく普通に歩み寄っていくと、ラッザが目ざとくラバサルの姿を確認し、間合いを測るように挨拶してきた。
「こんにちは。どのようなご用件でしょうか」
「わしはシュメールという企業の一員だ。近場のギルドの長に挨拶しておこうと思ってな」
「それはそれはご丁寧に。『荒野の鷹』、ギルド長、ラッザです。こちらはスーファイ」
「どうも、よろしくお願いいたします」
豪快そうな見た目な割に折り目正しいスーファイだが、目を細めるラッザにはどうもうさん臭さが漂っていた。
(王子と王の娘婿を天秤にかけるような奴だ。一癖あるに違いはねえ。人は見た目によらんという言葉は間違いだろうな)
なるほど。
人は見た目によらないという言葉は事実らしい。
それが話を聞いたターハの感想だった。
それは王子候補の一人、セパスとこの遠征軍の事実上の頂点、トエラーである。
セパスは当然ながら『荒野の鷹』の一員なのだが、トエラーは普段ジッグラトやウルクの城壁を守護する任務に就いているらしいが、今回遠征軍の指揮官として抜擢されたらしい。
それゆえに王の義弟側の人間かと思っていたのだが。
「承知しました。こちらも供出した食料を分配しましょう」
太くたくましい、マルドゥク神のごとき肉体を誇るトエラーは意外にも物腰丁寧で教養を感じさせる言葉選びだった。
「ご厚意に感謝します。ギルド長もお喜びでしょう」
セパスは巻き毛で軽薄そうな見た目だったが、こちらも負けず劣らず丁寧で育ちがよさそうだった。
(こう言っちゃなんだが、どいつも怪しく見えるよなあ)
先ほどからこっそりと会話を盗み聞いているが、特段妖しい動きはない。本当に王子かどうかを見分けるなどできるのだろうか。
「しかしトエラー殿。何故我々『荒野の鷹』が真っ先に遠征に同行すると決まったのですか?」
「それは、私にもわかりかねます。この遠征は半年ほど前から決まっていましたが、突然上から『荒野の鷹』が推挙されたのです」
(……半年前……王様が死ぬ前から決まってたってことならトエラーはマジで王子の暗殺とは無関係なのか? いや、それとも嘘? ……ううん……わかんねえな。とりあえず覚えておいてエタに判断させるか)
ターハのわからないなら人に任せる、というきっぱり割り切った思考は彼女が自分の想像よりも頭の良い女性であるという証左でもあった。
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