第十一話 歌と踊り

 エタとミミエルは王子候補の一人であるニッグのもとに向かっていた。

 別に誰が示し合わせたわけでもなく、二人は同行することになった。

 『荒野の鷹』はそれなりに大きなギルドで、人数も多いためなかなか狙った相手に会うのは難しいと思っていたのだが……人だかりができている場所を見つけ、そこに向かうことにした。

(歌……? イシュタルの詩かな?)


「戦場において、天に昇り畏れ多き光を発するお方よ。並ぶものなくただ一人立つ若者は祭りのごとく歓声を叫び、まつろわぬ国の家々をあなたのために打ち壊すだろう。あらゆる天で、あらゆる地であなたの心の内にある大いなるものを誰が知り得ようか。よりあわされた糸のように誰も変えることのできないあなたの言葉に天は震えあがるだろう」


 涼やかな朝の陽ざしのような声で、イシュタル神を讃える激しく情熱的な歌詞は合わないように思えたが、不思議と調和がとれていた。

 歌い手はかなり華奢だが、耳が隠れるほど長く伸ばした派手な色の髪が目を引いた。腕輪や首飾りなどで着飾っていたが、それよりも輝いているようだった。

(男の子……? いや、女の子?)

 ゆったりとした服を着ていることと、整った顔立ちのせいで今一つ性別がわからない。おそらくはこのギルドのお抱えの歌い手なのだろう。

 ふと、歌い手がこちらを……正確にはミミエルを見た。

「ねえ! そこのかわいい子! その神印、君もイシュタル神の信徒だよね?」

 一斉にミミエルに視線が集中する。

「へ? あたし?」

 エタから見てこの場にミミエルよりもかわいい子はいなかったが、ミミエル本人はそうでなかったのかもしれない。

「そうそう! 君、君! 君もイシュタル神の信徒なら詩か踊りができない?」

 イシュタル神は愛と美の女神であり、芸術を嗜む信徒は多い。

「歌は苦手だけど踊りなら……まあ……」

 ちらりとエタの方を見るミミエル。どちらかと言うと嫌そうにしている顔だったが、一案あったエタはミミエルの思う通りの言葉はかけなかった。

「行って来たら? 君の踊りならあの歌にも見劣りしないよ」

 一瞬だけ驚いたミミエルはむすっとしながらも、歌い手に向かって歩いていく。

 そうして歌と踊りが始まった。

 先ほどとは曲調を変え、ミミエルが躍りやすく、間隔のとりやすい詩だった。

 それでも今さっき知り合った相手と息を合わせて時に激しく、時に緩やかに踊る彼女は見ほれるほどに美しかった。

 普段戦いに使っているベールがふわりと漂うたび、光を放つように見えた。

 きゅっとしまった足首が地面を蹴るたびに美麗な音が響く気がした。

 しばし時間が経つのを忘れていると、エタと同じくらいの年頃だが、体格の良い茶髪の少年が近づいていた。頭の装飾が優雅な顔立ちとよく合っていた。彼の顔には心当たりがあった。

「お連れの方に無理を言ってすみません」

「いえ。ミミエルも楽しそうですし。ええと、失礼ですがあなたは? 僕はエタリッツと申します」

 素知らぬ顔で名前を尋ねる。

「俺はニッグです。今、ミミエルさんと歌っているのがラトゥスです」

(やっぱりこの人がニッグ。王子候補の一人)

 ミミエルに踊りを促したのはラトゥスの詩を彼が聞き入っていたからだ。

 エタもこのあたりに監視役と思しき人員がいるのは気づいており、できる限り自然に会話する機会が欲しかったのだ。

 緊張を押し隠し、誰が見ても自然に見えるように会話を続けた。

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