第九話 東へ

 はるか頭上を見上げると、猛禽類らしき影が宙を舞っていた。

 あの翼があればこの道のりも少しは楽になるに違いないとはおそらく誰もが思うことだろう。

 じりじりと焼け付く太陽は厳しく、不敬にも思わず太陽の神シャマシュに恨み言をつぶやきそうになってしまう。

 代わり映えのしない荒野の風景も、あまり行軍が進展しているように思えず、心労を増やす一因になっていた。

「あちいよう……」

「我慢しなさいよおばさん……」

 うだるターハにつっかかるミミエルも元気がない。

 二人とも玉のような汗が吹き出し、ジト目になって地平線を睨んでいる。

「確かに予想よりも厳しい行軍だね……」

 二人よりも体力に乏しいエタだったが、意外にも暑さへの耐性はあるのか、二人ほど疲労してはいなかった。それはラバサルもおおむね同様だったようで、黙々と歩いていた。

 炎天下の真昼を避けているのにもかかわらずこれなのだから、何も考えずに進めばあっという間に倒れてしまうだろう。

「何人か離脱者が出るかもしれませんね……」

 現在、シュメールの面々は東の都市、アラッタへの遠征軍に同行していた。

 もっともメソポタミアに厳密な意味合いでの軍隊は存在しない。

 あくまでも傭兵や冒険者、城勤めの守衛などで構成されているが、ここでは便宜上遠征軍と呼称する。

 ちなみにリムズとシャルラのいるニスキツルもこの行軍に同行しているが、持ち場が遠いため、見かけることは少なかった。とはいえ携帯粘土板で連絡を取ることはできており、備品や食料などのやり取りも予定していた。

 前回の戦士の岩山よりも数は多く、およそ千人という異例の規模の大軍だった。噂によると国から援助金が出たらしい。

 途中の水や食料なども、道中の村や都市国家の手配を受け、しかもさらに志願者を募るというのだから力の入れ具合がかなり大きいことも察せられる。

 ただし、報酬についてはアラッタを攻め落としてから分配すると明言されている。逃亡兵の対策だろう。

 とはいえこれほど大規模な遠征なら不測の事態が起こっても不思議ではない。

 ふと、角笛の音が鳴り響いた。

「休憩だな」

 ラバサルがすっと腰を下ろす。

 エタたちもそれに続いた。

「あちいなあ」

「あんたそればっかりじゃない。頭までゆで上がったの?」

「あー……そうかもしんねえ」

 反論する気力もないほど疲れているらしい。だが、きょろきょろと周囲に聞き耳を立てていないかを確認してから呟いた。

「でもよう。これじゃあ、ほっといても王子候補は死ぬんじゃねえか?」

「絶対にないとは言えませんけど……僕なら確実に始末する方法を選ぶでしょうね」

「まあそうよね。本当に、ややこしいわよね。こういう権力争いって」

「今のところ三つの勢力に分けられます。前王派、義弟派、中立派」

「前王が私たち、お嬢様のニスキツル。イシュタル神殿やラキア様。正当な後継なのに意外と少ないわね」

「どうも身代わり王が立てられた時、義弟の派閥が政務の一部を取り仕切ってたみたいで、そこが隙になったみたいだ。『荒野の鷹』のギルドもどちらかと言うとこちらだろうね」

「中立なのはアトラハシス様やエドゥッパか」

「代々のアトラハシス様は政治の運営には携わりますが、王の選定には関わらないようにしておられるそうですからね」

 この手のトラブルに首を突っ込まず、中立を保つからこそ、賢者アトラハシスを害そうという動きはなかなかおきづらいのだろう。

 日和見という罵倒が聞こえたとしてもアトラハシスなら認めるだろうが、それ以上に国政に尽くしているのも事実なのだ。

「確か今回の休憩は少し時間を長くとる予定です。その間に、手分けして王子候補と接触しましょう」

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