第五十五話 炎天

 猛烈な勢いで再生する『ナツメヤシ』。

 それに押されて思わずリリーは手から松明を取り落とした。松明は『ナツメヤシ』の足……あるいは根に蹴り飛ばされた岩の下敷きになり、火が消えた。

 そして『ナツメヤシ』は以前よりもはるかに巨大な石の戦士となった。

(しまった! 迷宮の核が僕らの作戦に気づいて、強引に急成長させたんだ!)

 エタの予想では再生中の石の戦士は動きが鈍い。

 だからエタやリリーだけでも火をつけるだけならどうにかなると思っていた。

 だが、危機を悟った迷宮の核はその力で巨大な『ナツメヤシ』を再生させた。

 しかしその再生は万全ではなかったのだろう。『ナツメヤシ』の体にはひびが入り、ところどころ脂っぽい樹液のようなものが漏れている。

 おそらく火をつけるのは容易なはずだ。

 問題は。

「おい! あいつが来てるぞ!?」

 サマンアンナ神が放っておくはずはないということだ。

 巨体と鋼の体躯からは想像もできない速度でこちらに向かってくる。

 今までエタとリリーは取るに足らない羽虫だった。だが、今は危険な毒虫であり、すぐさま叩き潰さなければならないと判断したのだろう。

 今から火をつけている時間はない。

 携帯粘土板をひっぱりだし、すぐさま連絡する。

「シャルラ! 火矢を!」

 叫ぶとエタはラバサルの鞄をひっつかんでリリーと一緒に逃げ始めた。




 突然エタたちの方へ走り始めたサマンアンナ神に驚いた四人だったが巨大な『ナツメヤシ』が現れたのを見ておおよその事態を察し、エタからの連絡ですぐに行動に移した。

 ミミエルとターハは全速力でサマンアンナ神を追いかけ、シャルラとラバサルは火矢の準備をした。

 ラバサルが火をおこし、シャルラが特別に用意した矢に火口が詰まっていることを確認する。

 これだけ迅速に用意できたのはラバサルの長年の経験による冷静さと事前準備のおかげだろう。万が一エタが行動できない場合、火を用意するのは彼だったのだ。

 火がともった矢を番え、巨大な『ナツメヤシ』を狙う。

 エタとリリーが離れているのを確認して、一気呵成に矢を放つ。距離はあるが的が大きいだけに外さないという確信があった。

 しかしサマンアンナ神が立ち止まり、ぐるりとその兜を真後ろに回すと空中の矢をモーニングスターで撃ち落とした。

「嘘でしょう!?」

 シャルラが驚くのも無理はない。まさに神業だった。

 しかし一度立ち止まったため、ミミエルが追いつけた。

 だがもはやサマンアンナ神はミミエルを見ていない。これまでの戦いを鑑みて脅威ではないと判断したのだろう。

 だがそこで新たな一手を講じるのがミミエルの才能が評価されるゆえんだ。

 かろうじて残っていた『絶対に絡む糸』の掟を再びサマンアンナ神に巻き付ける。

 巻き付けたのは体ではない。

 その兜。

 ぐるぐると巻き付いた糸は目線を遮るためのものだった。

 直接攻撃するのではなく、相手の動きを可能な限り制限する戦い方を選択した。


『もう一度火矢を!』

 エタが携帯粘土板から叫び、シャルラとラバサルは再び火矢を準備する。

「後一本よね」

 ぽつりとシャルラがつぶやく。

 火矢は特殊な構造をしているため、シャルラの『尽きぬ矢』の掟が効果を発揮しない。

 今度もまた素晴らしい速度でラバサルは火を用意し、シャルラは最後の火矢を番えた。

 その顔に恐怖や苦悩はない。ただ、中てるだけ。


 ミミエルは敵の懐に飛び込まず、ぎりぎり槌が届く距離を保ちつつ、相手の出足をくじくように戦っていた。

 兜に覆われて表情が見えないものの、もしもその顔を読み解くことができれば焦りと怒りがにじんでいたに違いない。

 その頭上を通過しようとする火矢。

 すでに糸を引きちぎっていたサマンアンナ神は再び矢を撃ち落とすために武器を持ち上げる。

 そこに襲い掛かるミミエルを、武器を持っていない手で防ぐ。

 またしても発揮されるすさまじい剛力。

 しかし。

「やっと追いついたよなあ!」

 ターハが武器を持つ手を棍棒ではたいた。

 いかにサマンアンナ神の怪力と言えど、ここまで妨害されれば神業が発揮される余地はない。

 火矢は何ものにも遮られず、『ナツメヤシ』に突き刺さった。

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