第四十七話 船頭多くして船山を登る
「疑問なんだが、なんで今までの連中はその手を試さなかったんだ? いくらでも時間はあったはずじゃねえか」
リリーの疑問はもっともだったが、それに対する回答をエタはすでに想像していた。
「まずそもそも火を用意することが簡単じゃないよ。ゆっくりかまどを用意していたら他の石の戦士に攻撃されるよ。ここは高山の掟があるから大丈夫だけどね」
「じゃあ迷宮の外に運べばいいだろ」
「迷宮で生まれたものを迷宮の外に出すと死んでしまう。石の戦士の厄介なところはその方法で倒してもまた迷宮のどこかに復活することだね」
「だから正しい倒し方じゃないといけねえってことか。ふん。頭でっかちのやりそうなことだ」
罵倒だがどこか感心しているようにも受け取れる言葉だ。
だが確かにリリーの言っていることは正しい。
この石の戦士たちは正しい倒し方でなければいずれ復活する。一体だけ倒されていた石の戦士はおそらく何らかの形で気づかないうちに正しい倒し方をされたのだろう。
もしかしたらこの『石膏』の核のようにこの迷宮のどこかに核が転がっているかもしれない。
「エタ。これで一体目だけど、次はどの石の戦士と戦うの?」
「そうだね。次は……イナゴ船を狙おうと思う」
個の力が強い石の戦士としては例外的に数で戦う厄介な敵。
それを打ち砕くための策はあった。
朝焼けのぴしりとした空気を攪拌するようにシャルラは大きく息を吐いた。
そして大きく息を吸う。
矢を番え、構え、弓がたわみ、弦がぴんと張る。
誰一人として口を利かない。
シャルラは大勢の仲間に囲まれていても、目に見えているのはイナゴ船だけ。
極限まで集中力が研ぎ澄まされ、そして矢は放たれる。
マルドゥク神が力を貸したかのような矢はイナゴ船のまだら模様の船首、そのうち白っぽい部分の外側を正確に射抜いた。
本来ならイナゴ船からイナゴが分離するはずである。だが、先が削れた船首からはなにも這い出してこなかった。
『当たったわ!』
『よくやったじゃないお嬢様。五回も外した時はどうなることかと思ったけど』
『もう! あてこすらないで! イナゴ船の分離体を倒してくれたのは感謝してるわよ!』
今回の作戦は単純だ。
イナゴ船に正面から挑めば文字通り雲霞のごとく湧いてくる分離体のイナゴに圧殺される。
だが、分離体を出さない方法をすでにエタは見つけていた。
イナゴ船のまだら模様の白っぽい部分を正確に狙うことだ。
ただし、いきなり近づいても自然にイナゴ船から剝離したイナゴに攻撃される。だからこそ遠距離から正確に狙撃できるシャルラだけが頼りだった。
「このままできる限り弱らせよう。シャルラ。頼める?」
『ええ。任せて』
『安心なさい。外しても私が何とかしてあげるわ』
ちなみにエタはシャルラ、ミミエル、ターハ、ラバサルの戦闘組と別れ、見晴らしのいい丘から指示を出している。
「なあ」
こうなったのはエタがそもそも戦えないことに加え、鉱山の掟の核を持ち運ばなくてはならなかったためだ。
「おい」
高山の核が近くにあると石の戦士は離れようとする。
それはありがたいのだが、近づかなければ弓を射られない。
「こら」
そのためエタたちが高山の核を持ち運び、他の面々はシャルラの護衛に注力する。
イナゴ船の分離体は高山の核があっても攻撃してくることがあるらしく、護衛は欠かせない。
「聞いてんのかよ!」
「リリー、どうかしたの?」
「どうかしたの? じゃねえよ! なんで私がこんなことしなくちゃならねえんだ!」
「自分で決めたことでしょう?」
リリーの現在の格好は極めて不思議だ。
両手を縛られているのはもちろんだが、腰のあたりにもひもが結ばれており、それは小さな荷車につながっている。
荷車に乗っているのは高山の核だ。
エタが核を持ち運ぶと手がふさがるため、リリーに持たせるべきだとの声が上がり、ラバサルが余った木材で荷車をつくったのだ。
あまりにも不格好だったため、リリーは抵抗したが、杉の家具などを譲ることを条件に不承不承同行を決めたらしい。
「くそ。教祖として敬われていた私がなんでこんな雑用みたいなまねを……」
ぶつぶつと呟いていたが、リリーは強く反発しない。
多分、リリーにも負い目があるのだ。
いや、負い目ができてしまったのだろう。
リリーの前でザムグたちのことを口にしたことはないが、エタたちと行動を共にしているうちに前回の戦いで犠牲になった誰かがいることは察しているに違いない。
見ず知らずの人間よりも同じ釜の飯を食った人間に情が湧くのは無理もない。
だからと言ってお互いに許すつもりもない。
薄く張ったかさぶたを剥がし続けるような痛みだけが残っている。
感傷を振り払ったエタは十分にイナゴ船を弱らせたと判断し、接近戦を仕掛けるよう命令した。
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