第四十八話 二つ目

 いかなる力が働いているのか、石の船は岩山の上を走る。

 歯軋りのような音を立て、地面を削り、死の軍勢をまき散らす。もとより生気とは無縁の石の戦士だが、最も生き物からかけ離れているのはおそらくこのイナゴ船だ。

 なにしろ本体は石が固まったような船だ。

 感情の機微など見出せるはずもない。

 だがしかし。

 今はまるで恐れるかのように迫る敵影から逃げていた。




ミミエルに横から攻撃しようとするイナゴ船の分離体、石のイナゴをターハが棍棒で殴り飛ばす。その奥から現れたイナゴを今度はラバサルが斧の柄で殴りつけた。

 シュメールの最大戦力はミミエルだ。

 攻撃向きの掟を持っているということもあるが、彼女の戦闘の才能は経験豊富なラバサルをしてずば抜けていると断言するほどである。

 必然的にもっとも効率的な戦術はミミエルが攻撃し、他の二人、たまに参加してくれるシャルラも含めると三人がミミエルを補助する形になる。

 背後を気にする必要がなくなったミミエルがイナゴ船のもっとも外側の白っぽい部分を正確に黒曜石のナイフで切り裂く。

 やはりイナゴ船の分離体は出現しない。

 これこそがイナゴ船の弱点だった。


「おい。石の戦士は全部もとになった石があるってことだよな」

「そうですね」

 リリーのぶしつけな質問を軽く受け流す。

「じゃああいつは何の石が元になってるんだ?」

 エタは戦況を確認しつつ、答える余裕があると判断した。分裂能力さえ封じればイナゴ船自体は巨大な船であり、積極的な攻撃方法はない。

 押しつぶされることはあるかもしれないが、ミミエルがそんなへまをするとは思えなかった。

「粘板岩だよ。板状にはがれやすい石」

「あー、あれか。床とかに使われてる奴。はがれた部分からイナゴが出てくるのははがれやすい石だからか?」

「うん。ただし最もはがれやすい部分に攻撃を加えるとイナゴが発生しない。実は以前から白っぽい部分が弱点じゃないかと推測はされていたみたいだけど、外側から順番に剝いで行くのが正解だとは思ってなかったみたい」

「玉ねぎみてえだな」

「……言われてみればそうだね」

 順番に外側からむいていくというのはどことなく料理の手順を想起させる。

 今まで石の戦士と戦った冒険者の中には料理人がいなかったのだろうか。

(だめだ。ちょっと頭が混乱しているかもしれない)

 ふるふると頭を振って正気を取り戻す。

 戦況は優勢だ。

 ミミエルはイナゴ船の片側に攻撃を集中させている。

 イナゴ船がどうやって動いているかは定かでないものの、比較的まだら模様がはっきりしている船首と片側から攻撃すれば均衡を崩すと読んでの判断だった。

 その予想は正しくイナゴ船は横倒しになった。

「ようやくこれでこいつも倒せそうだな」

 リリーの言う通り、イナゴとの戦いは初めてではない。

 分離体のイナゴを削るため、何度も戦いを仕掛けたのだ。ある程度戦い、逃げ、そして再び戦う。

 こんなことができたのは高山の核による安全地帯のおかげだ。

 イナゴ船の本体が近づかなければ分離体を各個撃破することはできる。

(こんなことをしても、カルムに報いることはできないけど)

 確信はないが、カルムはイナゴたちに殺された。

 エタたちを逃がすために囮になったのだ。

 そのことを思うと喉から吐き気が込み上げる。

 自分の不甲斐なさに胸にナイフを突き立てたくなる。

 だがそれでもまだ冥界に旅立つことは許されない。最後まで走り切らなくては。

 遠くにはミミエルがイナゴ船から美しいまだらの石……おそらくはイナゴ船の核をえぐり取ったのが見えた。

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