第四十六話 一つ目

 もはや木も炭もなくなり、夕日が差す時間になったころ。

 エタたちは息を荒げてへたり込んでいた。

 焦りと興奮で妙に気分が昂っていたが、こうして状況が落ち着き、冷静になると今まで何をやっていたのか疑問が出てしまっていた。

「結局上手くいったのかよ」

 リリーはあくまでも客観的な質問を投げかける。

「多分。もう、汗が出てくる様子もないし……こんなにも縮んだしね」

 かまどの中には白い球があるが、はじめは顔ほどもあったそれは握りこぶしを二つ合わせた程度の大きさになっている。

「つうかよう、結局これ、何やったんだ?」

「いや、あんたらも理解してなかったのか?」

 ばつが悪そうに横を向いたのはラバサルとターハだ。

「あたしはなんとなくわかったわよ。要するに石の性質を利用したのよね」

「そう。石の戦士の『石膏』と普通の石の石膏はある程度共通した性質を持っていたみたいね」

 元エドゥッパの学生のシャルラと、秘密にしているがきちんと教育を受けたミミエルはやはり理解力が高かった。

「あー……普通の石を壊すのと同じやり方で核を壊したってことか」

 リリーはきちんとした教育を受けていないものの、地頭の良さで勘所をすぐに掴んだ。

「正確には壊すんじゃなくて変化しづらくしたんだけどね」

「いや、それがわかんねえんだよ! 核があるんならそいつを壊せばいいじゃねえか!」

 頭から煙を吹き出しそうなほど悩むターハが思わず叫んでいた。

 エタも苦笑しながら答える。

「だめなんです。『石膏』の核は硬くて簡単には壊せませんし、そもそも壊しても再生するんです」

「石の戦士は不死身。そいつがわしらにとっての最大の障害だったな」

 この戦士の岩山が難攻不落である最大の理由は石の戦士の強さではなくしぶとさだ。どんなに頑張ってもいずれ石の戦士は復活する。

 今まで倒した石の戦士は一体のみ。それも何故倒せたのかよくわからないらしい。

「そもそも何故石の戦士は復活するのか。それはこの迷宮の掟、『冶金』に関係があります」

「冶金? でもこれは石よね?」

 冶金とは金属製品の加工であり、厳密には石の加工は含まれない。

「どうも都市国家より東方のエラムあたりでは石全般を加工することを冶金と言うようです。さらに言うなら僕が出会った色彩の魔人は冶金をさらに発達させた錬金という技術を開発していたみたいですが……それは置いておきましょう」

 ふとエタが辺りを見回すとミミエルとターハはごろりと横になっていた。

 どうやら興味がわかなかったらしい。結論だけ理解して行動に移せればそれでいいという態度なのだろう。

 それに対してリリーとシャルラは興味深そうにこちらを見つめている。ラバサルは大人としての義務感で耳を傾けているように見えた。

「この迷宮の掟、『冶金』は鉱石を加工し、動かしたり奇妙な能力を付与したりします。ですが根本的な石としての性質は変化しません。つまり石膏を固めたり溶かしたりすることができます」

「講義で習ったわね。石膏は水で溶かして固められるって。不思議なのは一度固まると水には溶けないのに火で焼くとまた溶けるようになるのよね」

 シャルラが語っているのは石膏、つまり水分子を含む硫酸カルシウムの脱水反応と水和反応である。

 もちろん化学反応という単語自体存在しないこのメソポタミアにおいてこのような現象はこう解釈される。

「石膏は大地の女神キとエンキ神が我々に授けてくださった宝物の一つよね」

 不可思議な現象を神の御業と表現するとリリーは鼻を鳴らしたが、先は気になるらしくエタに話の続きをせがんだ。

「それで石膏はさっきシャルラも言った通り水に溶かしたり固まったりするんだけど……ずっと加熱すると水を加えても固まったままになるんだ」

 エタの語った現象は科学的には石膏の中に含まれる水分子が完全に脱水してしまった状態である。

 この状態では容易に水和反応が発生しない。つまり化学的に変化しづらい状態なのだ。これを無水石膏と呼ぶ。

「僕が予想する『石膏』が再生する機構はこう。どれだけ破壊されても水に溶ける状態の石膏……この場合は石の石膏のこと、に、なっていずれ水分を吸収してどろどろに溶ける。そこから迷宮の掟の力で再生する。だから……」

「溶けない状態になったら再生できないわけね。納得。あの球から出てた汗みたいなものは今まで吸収していた水分だったのかしら?」

「多分、そうじゃないかな」

 シャルラの言葉には頷いていたが、実はエタもあんな現象が起こるとは予想していなかった。

 『石膏』に核があることは以前の調査で判明していたし、実際に石膏を作る過程を見学していた。

 が、いきなり球から水が噴き出すのは予想外だったのだ。

 とはいえ仲間を不安にさせないため、予想通りに事が運んだというふりをするしかなかった。

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