第四十二話 天気予報
「それはザムグの掟よね」
真っ先に言葉にしたのはミミエルだった。
「うん。神殿に遺言を残しておいたみたいで、この掟はニントルに相続されることになってる。でも、まだ遺産を渡せる許可が下りていないから……しばらくの間は僕が預かっておくことになったみたいだ」
しんと部屋が静まり返る。
ザムグとの思い出の幻影を見ているのだろうか。
「でもよう。言いたかねえけど……その掟ってあんまり正確じゃねえんだよな?」
ためらいがちなターハの台詞には誰もが心の中でうなずいた。
確かにザムグの掟を大事に扱うことに異論はない。だがそれはそれとして現実的な性能に目を向けなければ命を失うのは自分かもしれないのだ。
しかしターハの疑念をエタは真っ向から否定した。
「いいえ。ザムグの掟、『明日の天気を知る』掟は不正確ではありません。むしろその逆。正確すぎるせいで正しく使えなかったんです」
なぞかけのようなエタの言葉に全員が首をひねる。
「順を追って説明します。僕はザムグの掟について疑問がありました。本当に不正確な掟などあるのかと」
掟は神からの贈り物であり、運命でもある。
その掟が果たして間違いなど犯すのだろうか。
「そこでザムグに頼みました。可能な限り時間と予想された天気を記録するようにお願いしました。そして……」
エタはそこでザムグから託された携帯粘土板を取り出したあと、何かに挑むように宣言した。
「ここにその記録があります。それを分析した結果、ザムグの掟はちょうど一日後の、その時自分が立っている場所の天気を予想するということがわかりました」
「例えば、朝のウルクで掟を使った時と夜のラルサで掟を使った時だと結果が違うのね?」
エタはシャルラの言葉にうなずいた。
「また面倒な掟ね。明日の天気って言われたら一日一回しか使わないわよ」
もしもこの掟が一日たった後自分のいる場所の天気を知る掟という長いが正確な説明の名前の掟ならもう少し調べてみようという気になったかもしれない。
あるいは数千年後の未来のように極めて正確な時計を当然のように所持していたり、天気予報が全国放送されている世界なら違和感に気づいたかもしれない。
「高山の核とザムグの掟を上手く使えば、かなり安全に戦士の岩山の核の近くまで行けるはずです。もちろんそこからが大変ですが……」
「ま、悪くないんじゃない?。あたしは行くわよ」
ミミエルは気軽そうに賛同した。
「私も参加するわ。仕事としてね」
「ニスキツルから傭兵として参加するってこと?」
「ええ。父さんもあなたを仕事相手として認めているのよ」
シャルラの参戦はエタにも心強かった。
「ま、やるしかねえよな」
「わしも付き合おう」
ターハとラバサルも賛同する。
以前の四人とシャルラ。
懐かしさよりも、新しい人がいなくなった寂しさが勝った。
だがまだ参加希望者はいた。
「おいおい私を置いていくのかよ」
金色の髪の少女がシュメールの社務所に現れた。
「リリー? どうして君が?」
「金になりそうだからに決まってんじゃねえか」
「子供たちが十分暮らせるお金は保証してるはずよね?」
ミミエルが食って掛かるのはエタの予想通りだった。この二人は相性が悪い気がしていた。
「あんなんじゃ足んねえよ。わたしは贅沢がしてえんだよ」
身もふたもないほど欲求に忠実なリリーの言葉に閉口してしまう。
ただしミミエルは嘲るように笑う。
「欲望丸出しね。あんたそんなんで子供たちに恥ずかしくないの?」
「あ? そんなもん見せなきゃいいだけだろ。表と裏を使い分けんだよ。誰だってやってんだろ?」
「あっそ。でもあんたみたいな役立たずお金もらったってついてきてほしくないわよ」
「はああ? んなこと言っていいのかよ。私は抜け道を知ってんだぜ?」
もちろん全員が疑いの目を向ける。
当然だが彼女は間接的にとはいえザムグたちの仇である。
仲間をうしなうという同種の痛みを経験しているとはいえあっさりと極力するわけには、
「いいですよ。協力してくれますか?」
エタは笑顔で提案した。もちろん反論が上がるが。
「ちょっと!」
「エタ!」
「おお、いいぜ、金は……」
「賃金は現物支給。同行する際には監視のほか、腕を縄で縛らせてもらいます。構いませんね?」
「……」
リリーどころか思わず全員がたじろぐほどすごみのある笑顔と脅迫文句だった。
若干後悔し始めたリリーだったが、吐いた言葉を戻すことは彼女の誇りが許さなかった。
「わあったよ。縄でもなんでも縛ればいい」
こうして再び戦士の岩山を攻略する六人は決定した。
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