第四十一話 残ったものを手に
時間はかかったが、エタの手伝いもあり、色彩の実験は満足のいく結果に終わったようだ。多分今日はラルサに泊まることになるだろう。
「ふむ、ふむ。よし」
色彩はもうエタの方を見ていなかった。
実験の結果だけに焦点を合わせ、何事かを頷いている。
もう手伝わなくてもいいと判断したエタは挨拶もそこそこに立ち去ろうとした。
「ああ、最後にいいか」
まるでごく普通の人間のように穏やかな声音に思わず振り返る。
「成長しきった迷宮がどうなるか、我々にもわからない。それは魔人も同様だ。だが……」
エタは彼の最後の言葉を聞いて後悔した。
だが同時に、感謝もした。
贖う方法はまだあるということなのだから。
翌日ウルクに帰還し、シュメールの面々にことのあらましを説明するとミミエルとたまたま居合わせたシャルラにこっぴどく絞られた。特に事前に魔人に会うと説明しなったことに。
「いやだって、説明したら止められると思ったし」
「「当り前よ!」」
普段は仲が悪いのにこういうときだけは奇妙なほど息があっている二人だった。
しばらく説教されてからエタは居残っていた側の進捗を尋ねた。答えたのはターハだった。
「迷宮の核は見つけたよ。あんたの言う通り、生き物がいなくなっているところにあったよ。息苦しくて寒くなってるから逃げたんだろうね」
「だが結局この迷宮の掟は何なんだ? わしらもいろいろ考えたが見当もつかん」
「僕も確信があるわけではありませんが……おそらく高山あるいは上昇の掟だと思います。便宜上高山の掟にしておきましょう」
「そりゃあ、高山病になる掟ってことか? けどよお、高山はともかく上昇ってなんだ?」
事前に高山病について説明してあるため、話は滑らかだった。
「おそらくですが高いところにある空気を再現する。そういう掟なんでしょう。霧が発生したのも、高い山に雲がかかるのと同じ理屈かもしれません」
もしもこの場に数千年後の科学知識を持つ人間がいれば、高山の掟とは、気温や気圧を低下させ、標高の高い山と同じ空気にするという仮説を立てただろう。
もちろん気温はともかく気圧という概念を知っているはずもない彼らにそれが理解できるはずもない。
「でもどうして高山の掟を石の戦士たちは嫌うのかしら」
「これもはっきりしないけど、石の戦士たちも呼吸のようなものをしているんだと思う」
「呼吸? 石のくせに?」
「うん。それこそが石の戦士を打倒するカギの一つになるはず」
エタは自分の仮説を説明した。
「理屈はわかるけど……それだけで倒せるの……?」
「うん。これが正しければ石の戦士ごとに倒す方法は異なるはず。つまり……」
「石の戦士には固有の弱点があるのね?」
ミミエルの質問にこくりと頷いた。シャルラはまだ不安そうだったが、一応納得はしたらしい。
「作戦を大雑把に説明するとこう。弱点が判明している石の戦士を倒す。そしてそれ以外の石の戦士は高山の掟で可能な限り戦闘を避ける」
「いや、ちょっと待てよ。あの霧の中じゃまともに動けないぜ?」
「それについては心配いりません。高山の掟は慣れることが可能らしいです」
「トラゾスの連中が高山の掟の中でも動けてた理由はそれか?」
「はい。トラゾスは村の地下に迷宮の核を隠していたようです。本人たちの話によると水気の無い地下室に保管しておくとなぜか悪霊アサグも出なくなるらしいです」
エタの推測ではアサグが出現するには水分が必要だと見ていた。
自分の手足になるアサグがいなければ迷宮の核も成長することができないのだろう。
「一つ気になったんだが、いいか?」
「何でしょうかラバサルさん」
「空気を変化させるってことは、風が出るとまずいんじゃねえのか? 戦士の岩山は起伏が少ねえだろ。偶然風が吹かねえことを期待するのか?」
ラバサルからすると前回の戦士の岩山で風が止んでから霧が出ていることを気にしているのだろう。そしてこれはエタしか知らないことだが、トラゾスの居留地は風が吹き込みにくい場所だった。
ラバサルの懸念は正しいのだ。
そしてラバサルの質問にエタは顔を陰らせた。
答えに詰まったからではない。
答えが口にするのがつらかったからだ。
「トラゾスには山の天気を読んだり風が吹きにくいところを見つけるのが得意な人がいたようですが……僕らにはこれがあります」
エタが自分の携帯粘土板から取り出したのは何の変哲もない木の杖だった。しかしそれは全員が見たことのある杖だった。
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