第四十話 この世にあらざる者

「し、色彩の魔人……?」

 薄々気づいていたが、いきなり魔人に名乗られるとは予想外だった。しかもその肩書も意味不明だ。錬金術師など聞いたこともない。

「ふむ。ああ、君は扇動の魔人に会いに来たのだろう? 人違い……いや、魔人違いだ。出直すがいい」

 エタの目的をあっさり看破した色彩の魔人はしっしと手を払ったが、ここまできておめおめと引き下がるわけにもいかない。

「いいえ。僕にも聞かなければならないことがあります。そうですね。何か条件を提示してください。僕にできることなら何でもします」

「ふむ。ふむ。しかしそうは言っても私は研究の途中なのだ。余計な時間を割いているわけにはいかん」

「研究ということは知識が必要なのでしょう? 僕ならお力になれるかもしれません」

「ふむ? 君はどこかの学生だったのかな?」

「はい。エドゥッパの学生でした」

「ふむう?」

 初めて興味深そうにじろじろとエタを見つめる。むしろようやくエタの存在を認識したようだった。

「ならひとつ質問しよう。何故私は魔人でありながらまっとうに生活していると思う?」

 その恰好はまっとうなのかと問いただしたくなったが話を逸らすわけにはいかない。いやむしろ、その恰好で暮らせていることが答えなのかもしれない。

「あなたは色彩の魔人。つまり色を操れるはずです。服装や髪も色をごまかすことは容易です。しかしもっと重要なのは、ニラムです。魔人ならニラムやメラムがあるはず。あなたはそれらの色さえもごまかしているのではないですか?」

「ふむ! 正解だ! よろしい! わが実験を手伝うことを許そう!」

 くるりと振り返り部屋の奥に去る。

(実験を手伝えば話を聞いてくれるってことでいいんだよね?)

 この気ままな魔人が本当に人の言うことを聞いてくれるのか不安だったが、ほんの少しでも情報が欲しかった。

 それからエタは色彩の魔人を手伝うことになった。

 あれを取ってこい、これを混ぜろ。この結果を記録しろ。

 書記官に推薦されるほど優秀だったエタにとっては大して難しくない雑用だったが、いつ終わるのか不安だった。

 思い切って作業中に質問してみることにした。

「ここに住んでいた人は扇動の魔人というのですか?」

「ふむ。少なくともそう名乗っていたな。ああ、ずるがしこそうな少女にいろいろ教えていたな」

 手を休めず口を動かす色彩の魔人は器用だった。だがしかし興味のないものには無関心なのだろう。リリーについてはほとんど覚えていないらしかった。

「あなたと扇動の魔人はどういう関係なのですか?」

「ただの知り合いだ。珍しく会話が通じる魔人だったから協力していただけだ。もうどこにいるのかもわからん」

「……他にも会話できる魔人がいるのですか?」

「ふむ。それは掟次第だな。私は掟に縛られる性質さえ薄められるため、自由が多い。だが扇動などは会話できるがそれはすべて人を扇動するためだ」

 扇動。

 つまりは目的のために集団を強引に導くこと。そのために他人に教えを授けているのだろうか。

 少なくとも魔人同士に仲間意識はあまりないのだろう。

 少しホッとする。姉だった擬態の魔人が得体のしれない連中と手を組んでいることはなさそうだ。

「リリーに戦士の岩山の攻略方法を教えたのはあなたですね?」

「ふむ。確かそうだったな。あの迷宮は錬金術師たる私が無視できぬ掟を持つため不愉快だ。さっさと倒してもらったほうが良い」

 どうも錬金術師とは何かの実験を行ったりするものらしいとエタはあたりをつけていた。

「では、攻略方法を……」

「自分で考えたまえと言いたいところだが、とっかかりだけはくれてやろう。あの迷宮の掟は精錬。つまり石の戦士たちは皆、もとになった岩や金属が存在する」

「……!」

 この回答だけでエタは頭の中で戦士の岩山の攻略地図の八割を完成させた。

 それを見て何かを悟った色彩の魔人は満足そうだった。

「聞きたいことは終わりかな?」

「いえ、そもそも魔人とは一体何ですか?」

「魔人。それはすなわち……」

 魔人は初めて完全に手を止めた。それにつられてエタも手を止める。

 もしかするとこの世界の真実の一端に触れているのかもしれないと思うと我ながら興奮を隠せなかった。

 だが。

「わからん」

 思わず手を滑らせて瓶を落としそうになる。

「わからないって……」

「なら聞くがお前は自分が何故生まれたのか知っておるのか?」

「それは神に代わり迷宮を攻略するためです」

 子供のころから言い聞かされていた文句をよどみなく答える。

 ウルクに、それどころか都市国家にとって神の命令を信じ、従うことこそが自らの生まれた意味だ。

 そこに疑いを持ったことはない。疑うとしたら自分の実力だ。

「ふむ。まあ、そういうことだ。我々もおそらくなんとなくそうしろと言われたからやっている」

「そうしろ? 何を?」

「掟に従え。神に歯向かえ」

 今度こそエタは魔人と人との隔たりがティアマト神の住まう海より深いと理解した。

 神に従うかどうか。それこそが絶対の分水嶺だ。会話できていても、根本的に違うのだ。

「確かなのは我々がここにはない知識や技術を与えられていること。これもその産物だ」

 床の瓶や粘土板を指し示す。

 確かに今まで見た魔人はこの世のものとは思えない恰好をしていた。

 なら……そこまででエタは推測を打ち切った。

「さらに言えば扇動のように人の社会に影響を与えることで掟を達成したものもいる。企業もその一つだ」

「企業が……魔人によってもたらされた?」

「ふむ。たしか労働の魔人だったか。もともとこの世界には企業というものが存在していなかったはずだ」

(企業が神に反する存在? でも、企業が神から罰せられたなんて話は聞いたことがない。嘘? それとも……)

 疑問はあるが答えは出ない。聞きたいことを聞き終えたエタは黙々と作業を進めた。

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