第三十八話 進まなくては
リリーとの話し合いを終えたエタは近くに待機していたミミエルのもとに向かった。
彼女がリリーを尾行していた理由は二つ。
彼女の居場所を特定することと、もしもトラゾスを見捨てて逃げ出した場合、無理矢理トラゾスが壊滅的な被害を受けたことを見せつけて交渉の席に立たせるつもりだった。
「首尾はどうだったの?」
「上手くいったよ。やっぱりリリーにいろいろと教えた人がいたみたい。その人の居場所も教えてもらった」
その会話はどことなくよそよそしいものであることをお互いに承知しており、距離を探っているようでもあった。
「そ。あいつらが持っていた迷宮の核の場所は?」
「流されたみたいだからはっきりとはわからない。でも、見つけ方なら教えてもらったから運が良ければ見つかるだろうね」
「ふうん。全部順調ってことね」
「うん。だからこれで……戦士の岩山を攻略できるめどがたったったと思う」
「エタ。やる気なのね?」
これまでの行動はすべて戦士の岩山を攻略するためだとわかってはいたが、エタはそれを口にすることを避けているようだった。
しかしここで明言したということは本当に本気で攻略に乗り出すというころだ。
「うん」
「何のために?」
ミミエルのオオカミの瞳は虚飾やごまかしを許さない鋭さがあった。
事実としてギルドから戦士の岩山の攻略を中止する通達を受けており、わざわざ攻略する必要はないのだ。
「あれだけの戦力を投入しても攻略できなかった迷宮を攻略すれば僕らにも箔がつく。その後で優先探索権をギルドに売却すれば角も立たないはず。それに……」
「それに?」
「あの場所を乗り越えないと、僕が先に進めそうにないから」
組織としての利益と個人的な動機。
その両方が一致していると主張した。
そのどちらの比重が大きいかは明言しなかったが、ミミエルは納得したらしい。
「それならいいわ」
ミミエルはいつものように、どこか見下すように、しかし内心を隠すようにしゃべる。
「でもその前にニントルのところに行かなくちゃ」
「それはあんたが行く必要がないでしょ」
「ううん。僕がやらなくちゃいけないことだよ」
ニントルは兄のザムグも、友人のカルムもディスカールも失ってしまった。
その責任を負う……少なくともエタはそう思っていた……エタは彼女からどれだけ責められても受け入れなくてはならない。
「……好きにしなさい。なら日が暮れる前にウルクに戻るわよ」
そのまま歩こうとするミミエルの背中に、エタは葛藤しながらも声をかける。
「ミミエル!」
「何よ。大声出さなくても聞こえてるわよ」
振り向かないまま、返事をする。
それにエタはほっとした。ミミエルの目を見て話せる自信がなかった。
「ありがとう。君のおかげで立ち直れた。それと、君の目を見てお礼を言えないことを許してほしい」
立ち止まったミミエルはやはり、そっけなく答えた。
「あっそ」
そのまままた歩き始める。
ミミエルの表情はエタからは見えなかったが、泣きそうだが、嬉しそうな顔だった。
その晩。
エタはニントルがザムグと住んでいる部屋を訪れた。
白状すれば何度も逃げ出そうとした。
息が詰まりそうで歩きたくなかった。
挫けて目を閉じそうになった。
それでも部屋の前まで来たのは罪悪感か、責任感か。
意を決して部屋の中の住人に声をかけた。
「ニントル? いる? エタだよ。入っていいかな?」
少し間があってから、どうぞと小さく声がした。
部屋の中には以前よりも一回り小さくなった気がする少女、ニントルがいた。
きちんと手入れするようになってからつややかになった黒髪はぼさぼさしており、目元は腫れていた。
それだけで彼女がこの数日どのように過ごしていたのか察することができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます