第二十三話 再会
「はあ、はあ……けほ。あ……声が出てる」
石の戦士から離れたおかげで音を出せるようになったのだろう。
霧はまだ晴れていないが、会話はできる。
だが、もしも大声で叫べば『石膏』を呼び寄せるかもしれない。そうなるとエタが生き延びるのは難しい。
(なら、携帯粘土板で連絡するべきだよね。誰に連絡するべきだろうか)
この状況で一番生き延びている可能性が高い人物。
少し考えてから携帯粘土板を操作し、すぐに繋がった。
「ミミエル? 無事?」
『エタ? 良かった。無事だったのね』
普段の険のある様子は全くない。非常時だからそう取り繕う余裕がないのだろう。いつもこうならいいのにと思わなくもない。
「うん。他のみんなは?」
『私一人だけ。はぐれちゃったわ。それよ』
言葉が突然途切れた。
何かあったのだろうかといぶかしんだエタははっとして喉に手を当て、小声で何か喋った。
だが、何も聞こえない。
(『石膏』の特性の範囲内!? 早く逃げないと……)
ふと上を見る。特に何があったわけでもない。本当になんとなく上を見た。エタの頭上には。
エタを見下ろす巨大な白い顔……『石膏』が浮かんでいた。
何も考えず、ただがむしゃらに前方に飛んだ。
巨大な顔が今までエタがいた場所を抉るのはその一瞬後だった。倒れながら振り返ると白い顔がエタを見つめていた。
何の音もしない世界で、ぞっとする。獲物を見定めているとも思わない。狩りの喜びも感じない。
ただ、何の思考もない無機質な瞳だけが白い顔に浮かんでいた。
(……くそ!?)
やはりあてもなく、闇雲に逃げる。
もはやこうなれば運に任せるしかない。
(偉大なるタンムズ神様。僕をお守りください!)
ただ後先など考えず、ひたすら走る。
なんの音もせず、霧のせいでまともに前に何があるのかもわからない。
そして、足元の注意を怠ったエタは派手に転んだ。前日の山羊を思い出す。もしや自分も石の戦士に踏みつぶされるのだろうか。
そう身を固くするが……何も起こらなかった。
「は、はは。僕も運がいいのかな。いや、タンムズ神のおかげかな……」
声を出すことができてほっとする。少なくとも近くに『石膏』はいないようだ。
先ほどと同じように連絡を取ろうとして、ようやく気付いた。
「携帯粘土板がない……落とした? 逃げている最中に?」
あまりの自分の間抜けさに茫然とする。
つまりエタはここから完全に自力で抜け出さなければならないのだ。
しかもこのあたりの地図を記している大型の粘土板はミミエルに渡した鞄に入っている。仮に霧が晴れたとしてもどこに向かえばいいのかわからない。
しかも食べ物や水も持っていない。気のせいか気分も悪くなってきた。
詰んでいる。
頭が真っ白になる。
しかし。
「しっかりしろ、エタリッツ」
自分で自分の頬をはたく。
心まで折れればこの状況は絶対に打開できない。
まず何をするべきか。
「休まないとだめだ」
自分には休息が必要だ。そもそもこの霧の中では動くに動けない。
しばらく休息するしかない。石の戦士に見つからないことと、霧が晴れることは太陽神シャマシュ様に祈るしかない。
やや緊張しながら腰を下ろしているとわずかながら太陽が見えてきた。
「ひとまず方角はわかりそうだ。ここから北西に向けて歩けばいつかは迷宮を抜けるはず」
シュメールは戦士の岩山北東部から中心部、つまり南西に向かって歩いていた。逆に歩くのが最短方向であるはずだ。
日が暮れるまでが勝負だった。
日が沈んで太陽が見えなくなれば方角がわからない。このほとんど変わり映えのしない戦士の岩山で方角がわからなければ見晴らしはいいのに迷子になるという不可思議な現象を味わうことになるだろう。
一歩ずつ、進む。
霧は少しずつ晴れ始めている。
方角がわかりやすいのはありがたいが、石の戦士に見つかりやすくなるのは困りものだ。
遮蔽物がほとんどない戦士の岩山では少しでも見つからないように沢を移動するしかないだろう。
息を整えながら歩く。
まだ息が整っていないため、少し歩く速度を落とす。ずきずきと頭が痛む。
だがまだ呼吸が忙しく、体が重い。
もう少し、歩みを遅くする。
まだだ。
そしてもっと遅く。
いつしか亀の歩み寄りも遅く。
だがそれでも体が重い。頭が割れそうだ。
「いや、いくら何でもおかしい。どうしてこんなに、動け、ない?」
ついにエタはへたり込んだ。
高い山に登ると頭痛や吐き気……数千年後の世界では高山病と呼ばれる症状に襲われることは知っていた。
しかし戦士の岩山はそれほど標高が高くない。高山病になるほどではないはずなのだ。
「石の戦士には特殊な能力が備わっているものもいるけど……こんな力は、ない、はず。どう、して?」
頭があまりにも重く、倒れそうなエタを。
「やっと見つけた! エタさん! 無事ですか!?」
支えたのはザムグだった。
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