第二十二話 計略の崩壊

 エタは思考よりも早く携帯粘土板を取り出し、ニスキツル、より正確にはシャルラと連絡を取る。

 その間にも仲間たちに目線を送り、来た道を引き返すように体で示す。

「シャルラ! 何があったの!?」

『エタ!? 私たちにもわからないわ!? すぐに戦士の岩山から退却して! 石の戦士が急に中央部に戻り始めたの! どれだけ攻撃しても見向きもしないのよ!』

「わかった! 時間がないからもう切るよ!?」

 返事もそこそこにすでに早足になり始めていた仲間たちと歩調を合わす。

 先ほどの角笛は緊急事態を現す音。

 つまり作戦の失敗と撤退の信号だった。角笛は原始的だが、だからこそ一刻を争う状況では役に立つのかもしれない。

「エタ。荷物を寄こしなさい。私が持つわ」

 ミミエルに何か反論しようとしたが、黙ってうなずき必要がなさそうな荷物を投げ捨ててからラバサルの鞄を渡した。

 重さはないとはいえ何も持っていないほうが速く走れるのは明らかだ。

「おいおいおい! 何があったんだよ!?」

 怒鳴りながらターハは軽く駆け足になっている。

「わかりません! 石の戦士が急に戻ってくるみたいです!」

「誰かが迷宮の核に到達したってのか?」

「いくらなんでも早すぎます! 異変があったとしか思えません!」

 それきり四人は完全に黙って走り始めた。ぎりぎり入り口まで持つペースを維持することに務める。

 体からは冷汗と運動による汗が滝のように流れ出している。

 石の戦士とこの人数で戦うのは絶対に無理だ。この攻略に参加したギルドの中には一、二体の石の戦士なら倒せなくはないギルドもいるだろうが、それでも結局復活するのだから意味がない。

 戦いに時間を取られて他の石の戦士が集まることもありうる。

 卑劣な話だが、エタとしてはそのような都合の良い展開を期待していた。誰かが貧乏くじを引いてくれればエタたちが助かる可能性は上がるはずだ。


 走っている最中にわずかながら地響きを感じる。

 おそらく石の戦士が近づいているのだろう。あるいは、他のギルドと戦っているのか。ともかくまだ距離はありそうだ。

 上手くいけば逃げ切れるかもしれない。

 だが、そんなときにこそ災難は訪れる。気づかぬうちに視界が悪くなっていた。

「ちょっと。これ、もしかして……霧?」

 思わず四人は足を止める。それと同時にぶるりと身震いする。霧のせいなのか体が冷えたらしい。

 突然出てきた霧がこの非常事態に無関係だと楽観できるほど能天気な人間は誰もいない。

「エタ! こいつはどうなってんだよ!?」

「わかりません! 何が起こってるのか……!?」

 エタの言葉は途切れた。

 なぜなら霧が揺らめき、巨大な白い頭が姿を現したからだ。

(うわあああああ!?!?!?……?)

 エタは驚きのあまり叫び声をあげた。はずだった。

(声が出ない……いや、違う……これが石の戦士のひとつ、『石膏』の特性! 周囲の音を消す力!)

 石の戦士にはそれぞれ特徴的な能力や特性があると聞く。それがこの迷宮の掟とどうかかわっているのかはわからないが霧と『石膏』の特性はかみ合いすぎていた。

 この能力のせいで今まで足音が聞こえなかったのだろう。しかも霧が出たせいで目視さえできなかった。

 もっとも、『石膏』は巨大な顔でしかないため、足で歩いているわけではない。不気味な力で飛び跳ねるように動き回るらしい。

 エタの心の中を読んだわけではないだろうが文句の叫びをあげるように『石膏』が大口を開けた。

 もちろん何も聞こえない。

 とにかく『石膏』から離れなければ会話すらできない。

 だが何かしようとするより先に『石膏』は突如飛び上がり、エタに向かって……なのかどうかはわからないがともかく頭突きを繰り出した。

 地面がひび割れ、陥没しているが音一つたたない奇妙な光景だ。

 たまらずエタは『石膏』から距離を取る。

 もはや霧が濃すぎて仲間たちの位置を見ることができず、敵の能力のせいで会話することもできない。

(もう、こうなったら連携も作戦も何もない。せめて……)

 携帯粘土板を取り出し、こう書き込んだ。

『全員で分かれて逃げましょう』

 シュメールの全員に向けて送信した。

 もちろん理解している。

 ばらばらに逃げれば石の戦士から一人でも多く逃げ延びる可能性は増すが、全員が帰還できる可能性は低くなる。

 そしてこんな状況で最も死ぬ可能性が高いのはエタ自身であることを。

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