第二十四話 悪霊
意識が朦朧としていたエタはザムグに支えられて、少しだけ気分が晴れた。
「ザ、ザムグ? どうしてここに?」
「ああ? 俺たちはおまけかよ」
「さ、三人ともいますよ」
「ディスカール……カルム……」
新入社員の三人の少年がそろい踏みだった。なおさら何故ここにいるのかわからない。
「エタさんは多分ミミエルさんたちに文字を送ったつもりだったんでしょうけど、会社員全員に連絡が届いたんです。それで、何かあったんじゃないかと思ってシャルラさんに聞いたら石の戦士が囮に引っかからなくなったって聞かされて、迷宮に入ることにしたんです。あ、ついでにもうエタさんを見つけたっていう連絡はしました」
エタは自分の失態にようやく気付いた。
焦ってザムグたちを含めたシュメールの社員に危機を告げてしまったのだ。自分よりも年若いザムグたちに迷宮へ入るきっかけを与えてしまった。
(なるべく、人に迷惑をかけないようにしたかったのに……)
だが後悔しても遅い。
結果的には生き延びる目が出たのは事実だ。
「ミミエルやラバサルさん、ターハさんは?」
「俺たちが会ったのはミミエルさんだけです。石の戦士と戦っていました」
「た、戦ったの? 『石膏』と!?」
最悪の想像がよぎるが、ザムグたちの態度からそうではないと推測できた。
「はい。白い顔の石の戦士えっと、『石膏』でしたっけ。あれを弱らせたみたいですけど、ミミエルさんもほとんど動けなくなってました」
どうやらミミエルはエタが逃げるしかなかった石の戦士に一矢報いたらしい。もしかするとエタを救助するために石膏と戦ったのかもしれない。
(後で感謝しておかないと……)
「で、でもついてきたシャルラさんが弓を射るとそちらについていきました。う、動きが鈍くなっていたから囮はそんなに難しくない、か、かもしれない」
「ミミエルのあねさんはついてきたそうだったけど、今のあんたみたいにふらふらだったから一人で下山するつもりみてえだったな」
ミミエルの信じがたい戦闘力についてエタは考えないようにした。
気にするべきことは二つ。
石の戦士が囮に引っかかるようになっていること。
ミミエルもなぜかエタと同じように衰弱していること。そしてザムグたちはあまり衰弱していない。やはりあの霧に何かがあって、霧の中にいる時間が長いと衰弱するのだろう。
(だめだ。まだわからない。でも何か……僕はとんでもない思い違いをしている気がする)
「エタさん。肩を貸します。歩けますか?」
「うん。気分は楽になってきた」
エタの言葉はやせ我慢も含まれている。
気分が楽になったというよりは悪化しなくなっただけだった。ふと気づくと霧が薄れていた。
(やっぱり霧のせいで体が重くなっていた。でも……戦士の岩山の掟はおそらく鉱石とか岩石。こんな病気を引き起こすものだとは思えない)
ザムグとカルムに両脇から支えられ、ようやく歩き出す。
シャルラが『石膏』を引き付けてくれているなら今がこの迷宮から下山する好機であるはずだ。
「そういえばどうやって僕の居場所がわかったの?」
「ぼ、僕の掟です」
ディスカールは箒を持っていた。これが彼の掟なのだろう。
「『足跡を浮かび上がらせる』掟です。め、滅多に役に立ちませんけど、今回は上手くいきました」
先日教えてもらっていたことを思い出した。
そんなことにも頭が回らないとはまだ気が動転していたのだろう。
「た、ただ、妙な足跡をほ、他にも見つけました」
「どんな足跡?」
エタに緊張が走った。
『石膏』はそもそも足がないため足跡があるはずがない。つまり他の石の戦士が近くにいることになる。
「ど、どうも三本の足を持った何かです。あ、あんな足跡は見たことがない」
「三本の足……?」
エタはばらばらになっていた壁画が組み合わさっていくのを感じた。
エタとミミエルの症状。
霧。
不可解な石の戦士の動き。
それらが意味するところは。
「
「アサグ? あのアサグですか?」
アサグとは病を引き起こす怪物や霊とされるものだ。もちろんエタも実物を見たことがあるわけではないが、三本の腕と足を持つとされるそれは確かに今の状況に符合していた。
ならばあの霧はアサグが起こしたものであるはずだ。
「うん。アサグは普通の生き物じゃない。ほとんどの場合、病とか衰弱とかそういう掟を持った迷宮でしか発見されないらしい」
「つまりこの迷宮に生息する魔物ですか?」
通常ならそう考えるべきだ。
だが、それはありえない。
「いや、おかしいんだ。戦士の岩山の掟ははっきりしていないけど、アサグがいるような掟じゃない。いるはずがないんだ」
迷宮は掟に支配されている。
迷宮の魔物は迷宮の掟に従う。
これは絶対の法則だ。
ならば結論は一つ。
「この場所の掟は二つある。つまり、ここは二つの迷宮が重なり合っているんだ」
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