第十二話 リサイクル

 エタはザムグたち四人を連れだって例の酒の湧く泉がある洞窟に到着した。そこには入り口にはきっちりとした扉がつけられていた。

「エタさん? これは……盗賊対策か何かですか?」

 今までも何度かそういう手合いに出くわしたことはあるが、危険と利益が見合わないせいでたいてい入ることすらしないようだった。

 しかしもしもこの迷宮に価値があるのなら、ちゃんと戸締りをしておくことに越したことはないだろう。

「それもあるけど、どちらかというと動物が入らないようにするためだね」

「ど、動物? ね、ネズミとかオオカミですか?」

「うん。迷宮が成長するのは知っているよね?」

「えっと、迷宮には核があってそれぞれにパルスを持つ……ですよね」

 ニントルがつい先日教えた知識をそらんじた。

 生徒の成長が垣間見える教師として嬉しい瞬間だ。

「多分この迷宮の掟は腐敗だ。食べ物や死体を腐らせる。君たちも気づいていたとはおもうけど」

「ええ。腐った死体に襲われたりもしますから。でも、不思議だったのは……」

「どうしてそんな迷宮に酒の湧く泉があるか。そうだよね?」

 迷宮に今まで入ったことがなかったニントル以外の三人は頷いた。

 何度となく出入りしてきた迷宮だが、不思議には思っていても詳しく調べる余裕はなかった……いや、そもそもそんな発想がなかったのだ。

「これはアトラハシス様の講義で聞いた話なんだけど……どうも酒が造られる原理、つまり発酵と腐敗の本質は同じものらしいんだ」

「そうなんですか?」

 エタ以外はいまいちピンと来ていない。

 彼らにとって腐っているものは食べられないが、酒は飲み物だ。それ以上の区別をする意味がない。

 だが数千年後の人類が聴けば、発酵も腐敗も同じ微生物の働きによるものだと理解しただろう。エタはそれを理解していないが、利用することはできる。

「僕も聞いただけだけどね。だから、湧いてくるお酒をもっとおいしくするには酒造りの知識を応用できないかって思ったんだ」

「だから動物が入れないようにしたんですか?」

 食物の保存に気をつけなければならないことの一つは害虫、害獣の駆除である。酒の品質をあげたいならあまり動物がうろつくようにさせたくないのは道理だった。

「それも一つ。もう一つは迷宮に他の物を腐敗させたくなかったからかな」

「ああん? 他の物?」

「あ、もしかして……腐敗の掟を泉に集中させたかった?」

「ニントルが正解だね。迷宮の掟は使える力に限界がある。だから、動物を腐らせたりするとそれだけ酒を造る力が落ちるはずなんだ」

「……エタさんの言ってることの半分くらいしか理解できていませんけど……俺たちはそんなことを思いつきもしませんでした。エドゥッパの学生ってみんなこうなんですか?」

 ザムグの質問に答えたのは後ろから来た少女の声だった。

「エタがちょっと変わり者なのよ。少なくともお嬢様はそうじゃなかったわよ」

 人を小馬鹿にするようなしゃべり方はミミエルのものだ。

 エタたちは振り返りミミエルの姿を見て……困惑した。

「ミミエルさん? その恰好はいったい……?」

 ミミエルは普段の煽情的な服装ではなく、肌を徹底的に隠し、さらに白い頭巾に白い布をマスク代わりに使っていた。

 おそらく数千年後の日本人の小学生が今のミミエルを見ればこう言うだろう。給食のおば……お姉さんと。

「エタがこうしろって言ったのよ。はい。あんたたちも」

 ミミエルは同じような衣服と布をザムグたちにも渡した。よく見るとミミエルだけでなくラバサルやターハも似たような恰好をしていた。

 困惑しきりのザムグたちだったが、反対する理由もないので黙って着用する。

「結局今から何をするんですか」

「そういえばまだ言ってなかったっけ。今から、迷宮内を徹底的に掃除するよ」

 返答を聞いても、やはり困惑は晴れなかった。

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