第七十話 シュメール

 エタの様子をいぶかしんだシャルラは心配そうに尋ねた。

「エタ? どうかしたの?」

「申し訳ないんだけど……リムズさんには無理矢理にでも協力してもらうことになると思う」

「え? それ、どういう意味?」

「ええと、ラバサルさんとターハさん。例の取引は……?」

 エタの質問に、ラバサルとターハはとても悪い笑みを浮かべた。

「え? え? どういうこと?」

「いやあ、なんてことねえよ。一番の悪党はエタだったってことさ」

「まったくだ。この策を聞いたときは思わずエンリル神に許しを請うたほどだ」

 にやにや笑う二人とは対照的に、事情を聴かされていないシャルラとミミエルは何が何やらわからない様子だった。

「ちょっと。おじさんもおばさんもわかるように説明しなさいよ」

「いやな? ガキには難しい話だけどさ」

「ハマームが死んですぐにわしら二人で杉の加工を行っている企業の出資者の権利を誰よりも早く買い取った。わしの知己にも声をかけてな」

 企業における出資者は企業の業績に応じて配当を受け取ったり、経営に口を出したりすることができる。

 同時にそれらの権利は売買が可能なのだ。

 数千年後における株取引と同じようなものだ。

「え? じゃあもしかして、ニスキツルが杉の加工をするには……」

 基本的に樹木が少ないウルクでは、あまり木材加工のための組織が多くない。それに加えてまだらの森の杉は数が多いが癖が強いため熟練が必要とされていたらしい。さらにハマームが自らの利益を効率よくだすために一つの企業に集中的に取引を行っていた。

 必然的に、競争力がなく、ハマームが首の根元を押さえている組織ばかりになった。

「うん。ラバサルさんたちの承認が必要になっちゃうね。しかも、出資者の権利は買い戻せない」

「はあ? なんでよ」

「ええっと。今まで灰の巨人が圧力をかけて権利を売り買いできないようにしてたんだけど……もうそれがなくなって、しかもハマームは木材を高く売るためにわざと廃棄していたみたいだから、木材加工の需要そのものが伸びるはずだよ。だから出資者の権利はかなり値上がりするはずなんだ。」

「……エ、エタ。あなたって人は……」

 シャルラが呆れた目でエタを見ると、罰が悪そうに眼を逸らした。

「い、いや……これは、リムズさんに話を持ち掛けた後に思いついた作戦で……やっぱりお金はあったほうがいいと思って……」

 ちなみに、内部情報を利用して不正に利益を得ることを数千年後の世界ではこう呼ぶ。

 インサイダー取引、と。

 むろんそんな言葉をエタが知る由もないが、数千年先に発生するはずの犯罪を自らの知恵だけで思いついて見せたのだ。

 そしてもちろん、この世界にはまだそれを罰する法律はない。よって犯罪ではない。あくどい商売ではあるのだが。

「……まずあんたから一発ぶん殴っておくべきだったかしら。なんで私にまで内緒にしてんのよ」

「い、いや、ミミエルはそういう伝手がないと思って、相談しなかっただけだよ」

 二人の同年代の少女から睨みつけられて平静でいられるほどエタは図太くなかった。

 おろおろしているエタを面白がりながら、ラバサルは話を纏めにかかった。

「何にせよこれで起業のための出資者と軍資金はどうにかなりそうだ。あとは……企業の名前と社長か」

「社長はラバサルさんにやっていただけませんか?」

「あれ? あんたはやらないの?」

「僕じゃ若すぎるし、多少でも経営についての経験があるのはラバサルさんだけです」

「ま、消去法ってことね。じゃあ名前ね」

「いや、それ今決めなくちゃいけないことなのかな……」

「今のうちに決めたほうがいいわよ。父さんも今の会社の名前に変えたとき、悩んだみたいだし」

人助けニスキツルなんつう名前にして傭兵を派遣するってのは皮肉かよ?」

「そういうつもりじゃないと思うけど……でも名前って会社の看板じゃない。ちゃんと考えなきゃ」

「かといって擬態の魔人を殺します、なんて名前にするわけにもいかないわよねえ? んー……というかそもそも迷宮を攻略する企業だって、あんまり表に出さないほうがいいわよね」

 この地に住まう人々にとって迷宮の攻略は義務であり、使命だ。

 横から企業にしゃしゃり出られるといい顔はしないだろう。

「じゃあ表向きは杉の加工や流通を業務にする杉取引企業ってことにしようか。裏で迷宮を攻略すればいいかな。……? みんなどうかしたの?」

 相も変わらず他者を遠慮なく欺くエタに苦笑いしか浮かばなかった。

「何でもないわよ。で? 結局名前は何?」

「じゃあ、裏の名前は迷宮攻略企業。表の名前は……シム……だけだと安直すぎるかな。じゃあ、値段エリムを付け加えようかな。この二つをつなげてちょっと言いやすいようにすると」


 迷宮攻略企業シュメール


 この名が後世にどう伝わるのか。

 それとも伝わることなく途絶えるのか。

 ただの伝説に過ぎないのか。

 今はまだ誰も知らない。

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