第六十九話 企業

「おめぇの気持ちは分かった。だがどうするつもりだ。擬態の魔人は隠れることに長けた魔人だ。相手が強えってんならこっちも兵隊を用意すりゃいい。だが、見つけらんなきゃ戦いにすらなんねえぞ」

 ラバサルは感情ではなく、現実的な実行方法についての議論に変更した。

「方法はいくつかあります。あの魔人が冒険者に擬態するなら、迷宮をこの世界から無くせば、必然的に冒険者は消滅し、冒険者に擬態することはできなくなります」

「い、いやいや! 無理だろそりゃ! この世界にどんだけ迷宮があると思ってんだよ!?」

「いえ、この世界、は言い過ぎでした。僕らの冒険者憲章が有効な都市国家間だけなら不可能ではありません」

「不可能じゃあないでしょうけど、ほぼ無理でしょ」

 未踏破の迷宮はいくらでもあるし、神々によってばらまかれてしまった迷宮は今も成長し、増え続けている。千年たってもすべての迷宮を攻略するなど不可能だ。

「確かに、ミミエルの言う通りかもしれない」

「じゃあ、どうするって言うのよ?」

「だから他の案です。冒険者よりもはるかに優秀で、効率よく迷宮を攻略できる組織があれば冒険者は無用になります」

「エタ。あなた、もしかして企業を作って迷宮を攻略するつもり?」

 エタは迷わず頷いた。シャルラは恐怖に近い表情をしていた。冒険者ではなく社員であるシャルラでさえこれはとんでもないことなのだ。

 なぜならこの大地に住む人々は冒険せよ、神々からそう命じられていると信じているからだ。

「偉大なるエンリル様のお言葉に背くことにならないの……? それに……せっかく書記官の内定をもらっていたのに……」

「ならないよ。エンリル様は冒険をしろとだけお命じになられた。だから、冒険をするのが冒険者でなければならないとは言っていない。書記官については……僕から先生に謝るよ」

 人の望みを叶え、神の使命を果たし、自らの宿願を果たすための唯一の解。それが企業だった。

「屁理屈だろうが。そもそも、ギルドはウルクやウル、ニップル、アッカドなんかの全部の都市国家に点在している。そいつを滅ぼすなんてこたあ、国を滅ぼすよりも難しいぞ」

「それでも、やらなければなりません。それが僕の答えです」

 エタの表情に迷いはない。あるいは狂気と呼ばれるものが浮かんでいたのかもしれない。

 真っ先に賛同したのはミミエルだった。

「あたしは付き合ってもいいわ。最後まで見届けるわよ」

 かつての約束と同じ言葉。もしかしたら、ミミエルは最初から覚悟を決めていたのかもしれない。

 ふう、とため息をついたのはラバサルだった。

「わしもやる。弟子の不始末は師がつけるべきだ」

 イレースと近しいという意味でエタの気持ちが一番理解できたのはラバサルかもしれない。だからこそ、反対もしていたのだろうが。

「うーん」

 ターハは頭をがしがしとかく。銅の髪が短く揺れる。

「あたしは正直あの魔人を許せない。ペイリシュはろくでもないやつだったけどあたしの恋人だった。仇をとるような形になるかもしれないけど、いいかい?」

「はい。構いません」

「エタ。ごめんなさい。私は……」

「シャルラにはニスキツルがあるからね。しょうがないよ」

「うん。でも、父さんには力になってくれるよう頼んでみる」

「あー……いや、その……」

 エタはシャルラに対して申し訳なさそうにして頬をかいた。

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