第六十二話 七十二時間

 とりあえず第一段階を攻略したが、問題は山積みしていた。

「ここからは手分けしましょう。ラバサルさんは迷宮の変動が収まっていなくても探索できないか掛け合ってもらえませんか? シャルラはリムズさんにお金を借りれないか頼んでみてくれない? できれば他の人を雇いたい。ミミエルとターハさんは協力してくれそうな冒険者に片っ端から声をかけてきて」

「おめえはどうする?」

「この人から話を聞きます」

 ペイリシュを一瞥する。

 全員がてきぱきと行動し始めたが、ターハは申し訳なさそうにエタを見ていた。

 その視線にエタは言葉をかける。

「ターハさん。これが終わったらきちんとお礼させてください。ターハさんだけじゃないですけど」

「そうだな。まだ奢ってもらってないもんな」

「え? なにそれ? 私聞いてないんだけど」

「お嬢様はあの時いなかったでしょ」

「あはは。ちゃんとシャルラにも何か奢るよ」

「ほんと? 約束ね」

「甘やかしすぎよ……って、おじさん? それ何?」

「縄だ。この男が逃げないように縛っておこうかと思ってな」

「おー、いいな。頼むよラバサルのおっさん」

「はあ!? なんで俺が……」

 ペイリシュの反発は圧倒的賛成多数によって黙殺され、ペイリシュは携帯粘土板を奪ったうえで縛って転がされた。


 そうしてエタはペイリシュから事情聴取を開始したが、おおむね予想通りの内容だった。

 つまり予想通り、あまり役に立ちそうにないということだ。

 ペイリシュは一言目にはあやふやな情報を、二言目には言い訳を、三言目には自慢話をする始末でとにかく要領を得なかった。

 それでもなんとか大まかな位置を割り出した。

(アトラハシス様の授業で以前聞いた話だけど人間が孤立無援の状況で持ちこたえられるのは三日くらいらしい。でも、姉ちゃんならそれ以上を耐えられるはず)

 明らかな希望的観測だったが、楽観論に縋らなければならないほど追い込まれているのはわかっていた。

「なあ、君。君はイレースの弟だろう? 彼女を心配する気持ちはわかるけど俺にこんなことをしたら彼女だって悲しむよ?」

「そうですか。そうなら後で謝ります」

 けんもほろろなエタの対応に、明らかにいらだっている様子だった。

「だからあ。もっと敬意をもって接してほしいんだよ。こんな縛るだなんて乱暴すぎると思わないかい?」

 いつまでも全く反省のない様子のペイリシュにいい加減堪忍袋の緒が切れそうになったエタだったが、そこで制止の声が届いた。

「そこまでだよ」

「ターハさん。協力してくれそうな人はいましたか?」

「あんまりいないよ。でも、暇な奴らは結構いるからね。他にも声をかけてくるってさ」

 どうやらミミエルは外の冒険者に声をかけに行ったらしい。

「そうですか。でも、ターハさんは何故ここに?」

「お前と替わったほうがいいかと思ってな。これから忙しくなるかもしれないから食事ぐらいしときな」

 ペイリシュは縛ってるとはいえ前科が前科だ。隙を見て逃げ出そうと思っているのは間違いないだろう。

「そうですね。ターハさんはどうですか?」

「あたしはもうここの食堂で済ませたよ。酢汁ターバートゥがおすすめだそうだ」

「わかりました。じゃあ、僕もいったん食事にします」

 そのまま部屋を出て食堂に向かう。

 しかしそこでふと疑問が浮かんだ。

(あれ? ターハさん、酢汁が苦手だって言ってなかったっけ)

 人に勧めるものと自分で食べるものは別なのかもしれない。そう思いなおして食堂に向かった。

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