第四十五話 脅しあい
怒るハマームにミミエルは嘲る口調を崩さない。
「ハマーム。あんた馬鹿じゃないの?」
「ああ!?」
「あんたいつも言ってるでしょ。獲物は仕留めた奴のもの。その次に権利があるのは獲物を見つけた奴。つまりあんたは二番目よ」
「こ、こんのおおおお! 親の七光りで楽してた女の分際で! 俺になめた口きくんじゃねえ!」
ミミエルがピクリと震えた。そこでエタはようやく理解した。
ミミエルはきっと怖くて仕方がないのだ。今まで恐怖の対象で、それを押し隠してハマームと接してきた。しかしこれほどの激情を向けられたことがあるはずはない。
恐れているものから激しい感情をぶつけられるほど怖いものはない。エタ自身が臆病だからこそよくわかる。
それでも矢面に立ち続けるのは何のためか。決まっている。
(僕をかばってるんだ)
もしもハマームが迷宮を踏破したのがエタだと知れば間違いなくその怒りをエタに向けるだろう。そしてどんな手段に訴えるか予想できない。ターハもラバサルも同じ心情なのかもしれない。
(それでも。もう逃げるわけにはいかない)
ここまで必死になって戦ってくれた三人への礼儀として、立ち向かう決意を固めた。
「ハマームさん。迷宮を踏破したのは僕です」
ミミエルは驚いたように、ラバサルは子を見守る親のように、ターハは愉快そうに、それぞれの視線をエタに向けた。
ハマームは……惚けていた。
「は? 今なんて言った?」
「僕がまだらの森を踏破しました。作戦を立てたのも僕です」
ハマームの顔がみるみるうちに赤く染まる。
「いくらだ」
「はい?」
「いくらでこいつらを雇った!?」
完全な誤解である。三人がここに来た理由は一様ではないが、金銭を求めての行為ではない。少なくとも、当初は。
しかしハマームの金でしか他人との繋がりを考えられない様子がおかしかったのか、ぷっと噴きだしたミミエルはまたしても悪ぶった。
「そりゃもう。ラピスラズリを山のように積み重ねても足りないくらい」
それにターハも同乗する。
「そうそう。たんまり報酬をもらわなきゃ割に合わないよなあ?」
「こ、の! 阿婆擦れども!」
「わしは女じゃねえんだが」
ラバサルの呟きは全員から無視された。
「もういい! 関係ねえ! てめえらをここでぶっ殺せばこの森はまだ俺のもんだ!」
ハマームが叫ぶと部下も武器を手に取る。
ややためらっているようだったが、この迷宮が踏破されれば困るのは彼らも一緒なのだ。やがて意を決したようにじりじりとこちらに近づいてきた。エタたちもボロボロの体に鞭を打つ。
しかし一触即発のその状況に、新たな闖入者があった。
「そこまでです!」
シャルラが弓を構えて洞窟の入り口に立っていた。全員の視線が集中する。
「エタリッツが迷宮を踏破したことはすでにウルクに報告しました。狼藉を行うのなら、罰が下るのはハマームさん。あなたです」
息が上がりながらも明朗な声で断言したシャルラに対して狼狽したのは灰の巨人の面々だ。
携帯粘土板さえあればいつでも連絡を取り合えるという当たり前の事実をようやく認識したらしい。
ミミエルはじとりとした目でエタを見つめている。
「あんた、いつ連絡したの?」
いくらシャルラの勘が良くても折よくここに現れるはずがないというミミエルの予想は正しい。
「みんなが休んでいる間。念のためにと思ったけど、正解だったみたい」
「抜け目ないわね」
とはいえシャルラがここまで早く来てくれたのはエタにとっても予想外だった。一人であることを鑑みると、相当急いで来てくれたのだろう。もうこれでハマームは手を出せないと確信した。
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